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TORENDIA

雲雀病院

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

花やリボンで飾られた乳母車に乗せられた空二は、自身を幼児のように扱う婦人と共に、小山羊に引かれて道を進む。服や涎掛けなど自身の状況に困惑し、禁じられた煙草を求めるなど抵抗を試みるものの、婦人の優しくも支配的な振る舞いによって、次第にその世話を受け入れるようになる。雲雀病院へ向かうという婦人の話を背景に、空二は現実と幻影の狭間で、退行する精神と身体の感覚を漂わせながら、丘の上の灯りを目指して運ばれていく。

原民喜

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🎧 雲雀病院 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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銀の鈴を振りながら、二頭の小山羊は花やリボンで飾られてゐる大きな乳母車を牽いて行つた。その後には、青い服を※[#「纏のまだれに代えてがんだれ」、421-8]つた鳩のやうな婦人がもの静かに従いて歩いた。むかうの峰には乳白色の靄がかかつてゐたが、こちらの空は真青に潤んでゐた。澄んだ空気の中に草の芽や花の蕾の匂ひが漾つて、しげみの中では鶯が啼いてゐる。

車のバネの緩い動揺や、鈴の音に、すやすやと睡つてゐた空二は、ふと眼を見開いた。それから、車のすぐ側に見識らぬ婦人がゐるのを、ぼんやり見てゐた。が、やがて再び目蓋を閉ぢてしまつた。しばらくすると、空二は唇をむちやむちや動かしながら両手を伸ばした。そして今度はほんとうに目が覚めたらしかつた。彼は何時ものやうに煙草を吸はうと思つて、無意識にあたりを手探つた。が、彼の指さきに掴まつたものはキヤラメルの函であつた。彼はつまらなさうにその函を放つた。それから再び狭い車内を探してゐると、漫画の本が出て来た。彼はそれを膝の上に展げてちよつと見入つてゐたが、すぐに、にやにや笑ひだした。それから、ふと見識らぬ婦人が側にゐるのを思ひ出した。すると彼は妙に気恥しくなつた。空二は漫画の本を横に隠して、顔を婦人の方へ向けた。空二の眼に好色的な輝きが漲つて来たが、婦人は清浄無垢の表情をしてゐる。

いささか勝手が違ふので空二は不審げにその女を視凝めた。視てゐるうちに彼の心は和んで、婦人の善良な魂がほほゑみかけて来るやうに思へた。空二は苦々しげに眉を顰めた。すると、今迄車の柄に手を掛けながら心もすずろに眩しさうな顔つきで歩いてゐた婦人が、はじめて乳母車の中の空二に眼を注いだ。

「お目ざめになりました、空二さん」

婦人のその声は幼児を恍惚とさすやうな響をもつてゐた。空二はかすかに聞き憶えのある声のやうにおもへたが、誰だつたのか思ひ出せなかつた。そして、今この女から嬰児をあやすやうな態度をとられたことが、少し気に喰はなかつた。

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