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TORENDIA

佗しい放浪の旅

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

病身のまま別府へ湯治に赴いた著者は、地元の親分が経営する劇場や茶屋で土地の人々と交流し、文学について語り合う日々を送る。やがて東京での文壇活動への不安から急ぎ帰路に就き、京都を経て東京へ戻るまでの放浪の旅を綴る。本書は、温泉地の風俗や交流した人々の様子を描きながら、自身の文学への向き合い方と生き方を見つめ直した過程を収める作品である。

徳田秋聲

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🎧 佗しい放浪の旅 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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別府も私の行つた時分は、創始時代とでもいふのであつたらう。居るあひだに不老泉といふ階上階下の浴槽開きのお祝ひなどあつた事を覚えてゐるが、今は全然趣きが変つてゐるらしい。多分日露戦争以後どんどん開けたのだと思はれる。だから私が行つた時分葭簾張や菰囲ひであつたやうな湯までが、今は立派な浴湯になつてゐるに違ひない。何しろ全市到る処湯の沸かないところはないくらゐで、普通の人家にも庭に浴槽があり、田圃道を歩いてゐると思はぬところに清澄な温泉が煙を立ててゐたりする。この町につづいた浜脇といふところには又砂風呂といふのがあつて、囲ひの枠に頭と足をもたせて、砂のなかに体を半分埋めてゐると、下から湯が噴き出して来る。広大なその種類の浴場が幾個もあつた。湯の豊富なことは恐らく世界一で、更に町を離れて大きな石塊の磊磊してゐる野を突切つて観音寺へ行つて見ると、そこは大友宗麟(?)の居城の跡とかで見晴らしのいい高台に温泉が湧いてをり、そこから奥へ入つて行つて、かんなわの湯だとか明礬の湯だとか半里か一里ごとに色々な温泉が噴出してゐる。海法師海地獄などへも、私は観音寺で出来た連と一緒の乗物で見に行つたものだが、其の辺は一体に田圃や流れのなかからもぷすぷす硫黄くさい烟が立つてゐた。私はその後伊豆の温泉などへ行つたが、あれほど湯の豊富なところがないので、何となく物足りない気がしたほどである。それと同時に火のうへにゐるやうな日本といふ島国の不安さも貧寒さも思はれる訳で、日本が遅蒔きながら大陸進出を目論むのも無理からぬことではある。淫蕩な有閑階級や隠居の遊び場所である温泉の代りに、石油が無限に噴き出すとか宝石や金や鉄が到るところに採掘されるとかいふことだつたら、日本も亦相当恵まれた国土である訳だが、生産物が少しあるとしたところで、大衆までは行きわたらず、栄養価の乏しい米を頼りにして生きてゐるのは心細い。

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