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TORENDIA

失われた半身

本文約10,500字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

大学で週に一度の講義聴講を装いながら、自活と身分保証のために出版社で働く主人公は、ある喫茶店で同級生の戸川から病に伏す女学生へのお見舞いを相談される。過去の戦地での残虐な記憶に苛まれ、精神的に不安定な日々を送る中で、主人公はふとしたはずみに抱いた殺意に戦慄する。自己の崩壊を防ごうと苦悩しながら、失われた半身を追い求める主人公の内面と、追い詰められた精神の深淵を描く。

豊島与志雄

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独りでコーヒーをすすっていると、戸川がはいって来て、ちょっと照れたような笑顔をし、おれと向き合って席についた。

「やはり……いつもの通りだね。」

「うむ、習慣みたいなものさ。」

「習慣……、」戸川はなにか途惑ったようで、「然し、一週に一回の習慣というのが、あるかなあ。」

「年に一回のだって、あるからね。正月だとか、盂蘭盆だとか……。」

「そりゃあ、初めから年一回ときまってるんだが、君のは……。」

戸川のところにコーヒーが来ると、おれは、マダムに耳打ちしてウイスキーを二杯求めた。一杯を戸川のコーヒーに入れてやった。この蒼白い勉強家に、ちょっぴり敬意を表したかったのだ。

習慣、というのは口から出まかせで、真実のところは、話したって恐らく戸川なんかには理解出来まい。

おれは外地の戦場から戻ってきて、再び大学生となった。郷里の家産が傾いたので、自活した。いろいろなことをやった。学生アルバイトという便利な言葉が流行していて、仕事がしやすかった。然しそれも長続きはせず、おれは三日三晩考えぬいた揚句、だんぜん方向転換して、先輩に泣きつき、出版社に就職した。先輩の口利きで、これもやはり学生アルバイトということになり、給料からの源泉課税差引きを免除された。免除された分だけでも、学校の授業料に廻して余りがあった。まず生活安定というわけだ。その代り会社に対しては責任がある。自慢ではないが、ジャーナリストとしての能力にも自信が持てた。責任と、自信とに裏切ってはいけない。学校の講義に出席するのは、週に一回だけ、午前中ときめた。もっとも、学校の教授中には、社から原稿執筆を依頼してある向きもあるので、聴講と原稿催促とを兼ねた一石二鳥のやり方だ。

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