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TORENDIA

『桜の園』の思ひ出と印象

本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

1922年の巴里でモスコオ芸術座が上演した『桜の園』を観た著者が、自身の戯曲読解に基づきその舞台演出と各登場人物の解釈を論じる。同時に、日本で新劇協会が試みた同作の上演についても、劇団の誠実な態度と演出の是非を考察し、今後の未来に向けた信頼と期待を綴る随筆である。

岸田國士

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🎧 『桜の園』の思ひ出と印象 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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○一九二二年の暮れ、モスコオ芸術座の一行が初めて巴里を訪れ、シャン・ゼリゼエ劇場の大舞台で、その華々しい上演目録の中から、特に純露西亜の作品数篇を選んで、旅興行の蓋をあけた。

○『桜の園』はその一つであつた。

○僕は露西亜語がわからない。そこで、仏訳の『桜の園』を三度繰り返して読んだ。どの人物が、どこで、どんな台詞をいふといふことまでおほかた空で覚えた。殊に、全篇を流れる情調と場面場面の雰囲気、あの匂やかな機智の閃きと、心理的詩味の波動とを、自分のイメージとして、しつかり頭の中に描いて行つた。

○勿論、それぞれの人物は完全な一個の存在として一人一人僕の心の中に活きてゐた。

○われわれ日本人は、仏蘭西人の多くよりも露西亜人を識つてゐる――露西亜人の生活、その感情、わけてもその「夢」を識つてゐると思ふがどうだらう。

○『桜の園』の幕があいた。

○スタニスラフスキイは、開演の前夜、一行歓迎会の席上で、自由劇場の創始者老アントワアヌ及びヴィユウ・コロンビエ座の首脳コポオの挨拶に答へて、「わたくし共が、露西亜語で演じる劇は、露西亜語のおわかりにならない方にも七分通りはおわかりになるだらうと思ひます。それは、わたくし共は常々露西亜語以外に、万国共通の言語によつて劇を演じることを心掛けてゐるからであります」と云つた。

○少し言ひ過ぎはしないかと、僕は思つた。今でもさう思つてゐる。

○が、『桜の園』は――準備を勘定に入れて――七分通りまでわかつたと断言し得る。なぜなら「見た芝居」が「読んだ芝居」のイメージをぶち毀さないことは甚だ稀れである。

○それどころか、僕は、驚嘆すべきラアネフスカヤを見た。その裾さばきに、そのハンケチのひろげ方に、その珈琲の飲み方に、殊にその耳の傾け方と、肩の捻ぢ向け方に、彼女の一切を語らせてゐるところのラアネフスカヤを見た。――クニッペル・チェーホヴァ夫人の涙はそのまゝ凋落と離別の詩だ。

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