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TORENDIA

唱導文芸序説

本文約4,500字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

唱導文芸序説は、日本の宗教運動や芸能の基礎となった唱導文芸を論じる。漂遊する布教者たちが伝承した神の修行や禊の儀礼を主題とし、物語の構成や旅の形態に共通する類型的要素を明らかにする。作者は、神の成長と霊験を説く詞章を携えて諸国を歩いた古代の宣教部曲の活動から、宗教文学の形式や内容の変遷を考察し、かつて人々の心に影響を及ぼした芸能の姿を追う。

折口信夫

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唱導といふのは、元、寺家の用語である。私の此方面に関心を持ち出したのも、実はさうした側の、殊に近代に倚つての、布教者の漂遊を主題としてゐた。だが、最近さうした方法が、寺家及びその末流――主として、此等の人々の自由運動に属する者が多いが――の採用することになるよりも前の形の方が、もつと大切な事の様に考へられて来た。即日本における、特殊な文学運動でもあり、又其よりも更に、大きな宗教運動の形を作る基礎になり、又地方経済生活の大きな因由を開いたものなることを、思はずに居られなくなつたからである。

唱導文学と言ふよりも、寧唱導芸能といふ方が、更に適切らしい気がする。其ほど、関聯深き他の芸との連鎖が緊密であつて、到底放しては、考へることの出来ないものなのである。だが、其れの文学側から見たものなることを意味させる為に、仮りに唱導文芸と言ふ程の名にしておきたい。文学であることよりも、まづ声楽であつたのである。更に多くは、単なる声楽たるに止らず、舞踊をも伴うて居たのである。又更に、ほんの芽生えではあるが、演劇的の要素をも持つて居り、後代になると、偶人劇としてある程度まで、発達した形をすら顕して来る様にもなつた。類似の芸能の上に見ても、必奇術・曲芸の類の演技をも含んで居つたことが思はれる。殊に、其が漂遊を、生活の主な様式とする人々の間に発達したことにおいて、後世の所謂演芸分子の愈増大した事が想はれ、又事実において、さうした傾向が、著しく窺はれもするのである。

唱導文学とは、宗教文学であると共に、宣教の為の方便の文学であり、又単に一地方の為のみではなく、広い教化を目的とするものである。ある宣布を終へた地方から、未教化の土地へ向けて、無終に展べられて行く事を考へてゐる者でなくてはならない。だから当然、旅行的な文学である。さうして唯、其文学が旅行するばかりでなく、文学そのものゝ主題が亦、旅行的なものにすら傾いて来るのである。此は、概論でなく、事実であつた。譬へば、最後代的なものを捉つて見ても、さうである。

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