早耳三次捕物聞書
本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
元治元年、江戸花川戸の岡っ引、早耳三次が手がけた事件を描く。本芝の清酒問屋に、毎晩全身を濡らして酒を買いに来る妖しい美女が現れる。女は自らを竜神の使女と名乗り、竜神が秘法を授けに来ると主人をそそのかす。しかし、指定された晩に現れたのは竜神ではなく浪人姿の盗賊で、まんまと家財を奪い去る。この女白浪による巧妙な手口を見抜いた三次は、深川の古石場に潜伏していた女を捕縛する。
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いやもう、いまから考えると途方もないようだが、元治元年といえば御維新の四年前で、蛤御門の変、長州征伐、おまけに英米仏蘭四カ国の聯合艦隊が下関を砲撃するなど、とかく人心が動揺している。したがってなかなか珍談があるなかにも、悪いやつらが腕に捻りをかけて天下を横行したから、捕物なんかにも変り種がすくなくない。
これは江戸花川戸の岡っ引、早耳三次が手がけた事件の一つ。
そのころ本芝四丁目鹿島明神の近くに灘の出店で和泉屋という大きな清酒問屋があった。召使の二、三十人も置いてたいそう裕福な家だが、土間の一隅で小売りもしている。これへ毎晩の暮れ六つと同時に一合入りの土器をさげて酒を買いにくる女があった。酒屋へ酒を買いにくるのだからこりゃ何の不思議もないはずだが、この女客だけはおおいに普通と変っていて、はじめて来た時から店じゅうの者の注意を集めたある日の夕ぐれ、蓮乗寺の鐘が六つを打っているとどこからともなく一人の女が店へはいってきた。ちょうど晩めし前で、店さきで番頭小僧がしきりに莫迦話に耽っていたが、
「いらっしゃい――。」
と見ると、女は凄いほどの整った顔立ちで、それが、巫女のような白い着物を着て、髪をおすべらかしみたいに背後へ垂らして藁で結えている。そして、黙ったまま、幾つとなく並んでいる酒樽の中の一番上等なのを指さして、手にした、神前へ供えるような土焼きの銚子をうやうやしく差し出した。
「この酒ですか。一合ですね。」
こういって小僧が訊くと、女はやはり無言でうなずいて、そこへ代価を置いて、酒の入った徳利を捧げるようにして帰って行った。
あとでその小僧がこんなことをいった。
「長どん、雨が降っているとみえるね。」
「何をいってるんだよ。」長どんと呼ばれたもう一人の小僧は即座に打ち消した。「寝呆けなさんな。お星さまが出ていらあ。」
まったくそれは晴れ渡った夕方だった。未だどこかに陽の光が残っていて明日の好天気を思わせる美しい宵闇だった。
「そうかな。変だなあ。」
と初めの小僧は長どんの言葉を疑って、不審そうに首を捻っていたが、やがて自分で戸口へ行って戸外をのぞいた。
「どうでえ、たいした降雨だろう。」