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TORENDIA

須磨明石

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

須磨の浦から明石へと歩みを進める旅の情景を綴る。埃の積もる古い蕎麦屋で不味い食事をとりつつ、俗化する中でも昔ながらの風情が残る様子に趣を感じる。明石の濱では、夜闇の中で漁師たちが網を曳き、鰯を獲る賑わいを見学する。その後、安宿で旅人と同宿し、明石の瀬戸の潮の難所や蚊の多さといった土地の噂話を耳にする。古びた宿や素朴な店先といった旅路の風景と、そこに息づく名物や人々の暮らしを淡々と描き出す。

長塚節

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🎧 須磨明石 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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蕎麥屋

須磨の浦を一の谷へ歩いて行く。乾き切つた街道を埃がぬかる程深い、松の木は枝も葉も埃で煤が溜つたやうに見える、敦盛の墓の木蔭にはおしろいが草村をなしてびつしりと咲いて居る、柔かな葉はやつぱり埃が掛つて居るが、赤や黄の相交つた花には目立つて見えぬ、敦盛とおしろいの花といふ偶然の配合に興味を感じて名物の敦盛蕎麥へはいる、店先にはガラスの駄菓子箱があつてそれも埃である、歪んだ二疊程の座敷へ腰を掛ける、狹い土間には膝と突き合ふ計に松薪がしだらなく積んである、女房が蕎麥を呉れた、不味いこと甚だしい、淺い丼一杯だけやつと喰つた。女房の帶は落ち相である、隅の方で蕎麥を打つてる亭主は尻きり襦袢が粉だらけである、滅多に洗ふこともないと見える、然し段々俗化して行く須磨の浦にこんな野暮臭い名物が昔の儘に存して居るのは却てゆかしい心持がする、おしろいの花も蕎麥屋が植ゑてそれが段々に殖ゑてこんなに茂つたのだと思ふと一入感じがよくなる、一雨ざつと降りさへすれば松の葉もおしろいの葉も埃がすつかり洗はれて秋の涼しさは頓に催すのであらうが、蕎麥屋は依然として不味い蕎麥打つて名物の稱を恣にして居るのだと思ふと更に面白くなる、渚へ出ると海は極て穩かである、たま/\大きな波がゆるやかに來たと思つたらどさんと碎けて白い泡がさら/\と自分の足もとまで廣がつた。

網曳き

明石の淋しい檐下を辿つて來ると、おい泊らないかと後から呼び掛けるものがある、振かへると縁臺の上に寢て居た親爺が起きあがりつゝいつたのである、古ぼけた紙看板の吊つてあるみすぼらしい店だ、いくらで泊めるかと聞たら胡坐を掻きながら辨當付で廿七錢にまけてやらうといつた、辨當はいらんといふとそれぢや廿四錢でいゝといふことになつた、滅相に安いので遂泊る氣になつて覗いて見ると涼し相な一間がある、草鞋をとる、井戸へ案内してこゝで足を洗ふがよいといふ、足を洗ふと店先で茶を一杯汲んでそこへ膳を出す、さうして二階へ蚊帳が釣つてあるから何時でも行つて寢るがいゝといふのである、案に相違したが廿四錢の泊りだと思ふと不平はない。

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