雑記
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
山村での庵居生活を送る著者が、穏やかな正月の様子や畑作の喜び、そして俳句創作への情熱を綴る。日々の生活で得た気づきや些細な出来事を端緒とし、自身の嗜好である旅と酒と本についての抱負や、今後の行乞の旅の予定を語る。本書は、四季の移ろいや自然と対話しながら独自の境地で暮らす作者のありのままの日常と思索を記録する。
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私には私らしい、庵には庵らしいお正月が来た。明けましてまずはおめでとうございます、とおよろこびを申しあげる。門松や輪飾りはめんどうくさいから止めにして、裏山から歯朶を五六本折ってきて瓶に挿した。それだけで十分だった。
歯朶活けて五十二の春を迎へた
お屠蘇は緑平老から、数の子は元寛坊から、餅は樹明居から頂戴した。
元日、とうぜんとしていたら、鴉が来て啼いた。皮肉な年始客である。即吟一句を与えて追っ払った。
お正月のからすかあかあ
樹明君和して曰く、
かあかあからすがふたつ
このふたつがうれしい、二羽といわないところにかぎりないしたしみがある。さて、このふたつが啼いてどこまで飛んだやら!
今年の私は山村庵居のよろこびに添えて、二つの望みがある。
好きなものは、と訊かれたら、些の躊躇なしに、旅と酒と本、と私は答える。今年はその本を読みたい。まず俳書大系を通読したいと思う。これが一つの望み、そしてその二つは、酒から茶へ転換することである。いいかえればアルコールを揚棄したい、飲まずにはいられない酒を、飲んでもよい酒としたいのです。前者は訳なく実現されましょうが、後者は自分ながらあぶない。そこでまあ出来るだけ割引して、せめて酒に茶をまぜたいと念じている(そんな無分別な考を起すなという悪友もある。じっさい、私にもそんな気がしないでもないのですが)。
本集を発送したら、久しぶりに行乞の旅に出かけるつもりです。時々行乞しないと米塩にも困りますが、それよりも人間が我儘になって困ります。どの方角へ向うかは、まだ私自身にもはっきりしていません。どこでもよいのですから、半月ばかり、そこらあたりをぶらついてきましょう。
畑作はなかなかおもしろい。ほとんど自給自足が出来る。
ほうれんそうはたくさん播いた割合にはよくないが、新菊はよかった。ちしゃはすばらしく葉をひろげて、たべてもたべてもたべきれない。大根は根よりも葉が出来て、これでは大根という代りに大葉とよびたいほどです。菜は間引いてからぐんぐん伸びた。それを洗って干して漬ける。ひとりしみじみ噛みしめていると、ついほろりとする。このほろりが解りますか。