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TORENDIA

菊あわせ

本文約18,100字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

画工の穂坂一車は、旅先で客僧の宗参と再会する。かつて幼少期に山門で宗参から聞いた「いが餅」の思い出や、不思議な夢のような体験について語り合う中、宗参は土産として持参した菊人形の箱を差し出す。しかし、一車が狐や女の幻影を見たような感覚に襲われ混乱するうちに、宗参は姿を消す。一車は黒姫山へ向かったと聞かされ、その後を追って停車場へと急ぐ。

泉鏡花

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「蟹です、あのすくすくと刺のある。……あれは、東京では、まだ珍らしいのですが、魚市をあるいていて、鮒、鰡など、潟魚をぴちゃぴちゃ刎ねさせながら売っているのと、おし合って……その茨蟹が薄暮方の焚火のように目についたものですから、つれの婦ども、家内と、もう一人、親類の娘をつれております。――ご挨拶をさせますのですが。」

画工、穂坂一車氏は、軽く膝の上に手をおいた。巻莨を火鉢にさして、

「帰りがけの些細な土産ものやなにか、一寸用達しに出掛けておりますので、失礼を。その娘の如きは、景色より、見物より、蟹を啖わんがために、遠路くッついて参りましたようなもので。」

「仕合せな蟹でありますな。」

五十六七にもなろう、人品のいい、もの柔かな、出家容の一客が、火鉢に手を重ねながら、髯のない口許に、ニコリとした。

「食われて蟹が嬉しがりそうな別嬪ではありませんが、何しろ、毎日のように、昼ばたごから――この旅宿の料理番に直接談判で蟹を食ります。いつも脚のすっとした、ご存じの楚蟹の方ですから、何でも茨を買って帰って――時々話して聞かせます――一寸幅の、ブツ切で、雪間の紅梅という身どころを噛ろうと、家内と徒党をして買ったのですが、年長者に対する礼だか、離すまいという喰心坊だか、分りません。自分で、赤鬼の面という……甲羅を引からげたのを、コオトですか、羽織ですか、とに角紫色の袖にぶら下げた形は――三日月、いや、あれは寒い時雨の降ったり留んだりの日暮方だから、蛇の目とか、宵闇の……とか、渾名のつきそうな容子で。しかし、もみじや、山茶花の枝を故と持って、悪く気取って歩行くよりはましだ、と私が思うより、売ってくれた阿媽の……栄螺を拳で割りそうなのが見兼ねましてね、(笊一枚散財さっせい、二銭か、三銭だ、目の粗いのでよかんべい。)……いきなり、人混みと、ぬかるみを、こね分けて、草鞋で飛出して、(さあさあ山媽々が抱いて来てやったぞ)と、其処らの荒物屋からでしょう、目笊を一つ。おどけて頭へも被らず、汚れた襟のはだかった、胸へ、両手で抱いて来ましたのは、形はどうでも、女ごころは優しいものだと思った事です。」

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