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TORENDIA

久地の梅林

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

春の訪れとともに裸男のもとへ十口坊が訪れ、梅見への同行を誘う。梅を愛でることの精神性を語りつつ、二人は多摩川畔の久地を目指して旅立つ。現地で見た六百本の梅林は、人為的な整い方ではなく野趣に富む様を見せていた。本書は、寒風に耐えながら梅を求めて歩き、現地で土地の老婆と交わした会話や、多摩川の清らかな水の流れに触れた一日の探梅行を綴る。

大町桂月

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🎧 久地の梅林 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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あはれや、庭の梅三四本、何も肥料をやらざれど、春くれば、花を著く。鶯も來り鳴く。裸男、窓の内にて、之を聽いて、獨り樂しみ居りしに、『今日は』とて、十口坊來たる。午食を共にして、一二時間雜談に過ごしけるが、十口坊曰く、『梅の時候になりぬ。何處かへお伴申さむ。さるにても梅は何處が好きか。教へ給へ』といふに、裸男得意になり、『花といへば櫻、花見といへば、櫻を見にゆくことをいふ。梅も、花は花なれども、梅を見にゆくことを花見とは云はずして、梅見といふ。又探梅とも云ふ。この探梅の探の語が面白し。探るは、活動的也、又奮鬪的也。櫻の咲く頃は、春風駘蕩、猫も杓子も浮れ出す。さるに、梅花の頃は、春寒料峭たり。霜柱もあれば、雪さへ降る。梅を探るには、寒風と戰はざるべからず、雪と戰はざるべからず、泥濘と戰はざるべからず。元來梅そのものが氣骨ある木也。氣骨ある人に非ずんば、梅と同化する能はざるべし。青年にして、梅を探る者あらば、われ高尚なる趣味を解するものとして、之を取る。老人にして梅を探る者あらば、必ずや意氣地なき老いぼれにはあらず』と陳べ立つれば、『そんな村夫子的御説法は眞ツ平なり』と冷かす。

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