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TORENDIA

水 附渡船

本文約8,000字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

東京市中の海、河川、運河、濠、池などの水辺が持つ審美的価値と、その現状を論じる。近代化によりかつての江戸の風流は失われたが、今なお残る橋や水路の景色には独自の興味深さがある。特に、橋梁の整備が進む中で姿を消しつつある渡船を、貴重な都市の骨董であり守るべき古雅な情趣として、その保存と価値を提唱する。

永井荷風

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仏蘭西人ヱミル・マンユの著書都市美論の興味ある事は既にわが随筆「大窪だより」の中に述べて置いた。ヱミル・マンユは都市に対する水の美を論ずる一章に於て、広く世界各国の都市と其の河流及び江湾の審美的関係より、更に進んで運河沼沢噴水橋梁等の細節に渉つて此を説き、猶其の足らざる処を補はんが為めに水流に映ずる市街燈火の美を論じてゐる。

今試に東京の市街と水との審美的関係を考ふるに、水は江戸時代より継続して今日に於ても東京の美観を保つ最も貴重なる要素となつてゐる。陸路運輸の便を欠いてゐた江戸時代にあつては、天然の河流たる隅田川と此れに通ずる幾筋の運河とは、云ふまでもなく江戸商業の生命であつたが、其れと共に都会の住民に対しては春秋四季の娯楽を与へ、時に不朽の価値ある詩歌絵画をつくらしめた。然るに東京の今日市内の水流は単に運輸の為めのみとなり、全く伝来の審美的価値を失ふに至つた。隅田川は云ふに及ばず神田のお茶の水本所の竪川を始め市中の水流は、最早や現代の吾々には昔の人が船宿の桟橋から猪牙船に乗つて山谷に通ひ柳島に遊び深川に戯れたやうな風流を許さず、また釣や網の娯楽をも与へなくなつた。今日の隅田川は巴里に於けるセーヌ河の如き美麗なる感情を催さしめず、また紐育のホドソン、倫敦のテヱムスに対するが如く偉大なる富国の壮観をも想像させない。東京市の河流は其の江湾なる品川の入海と共に、さして美しくもなく大きくもなく又さほどに繁華でもなく、誠に何方つかずの極めてつまらない景色をなすに過ぎない。しかし其れにも係らず東京市中の散歩に於て、今日猶比較的興味あるものは矢張水流れ船動き橋かゝる処の景色である。

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