錢形平次捕物控
本文約11,600字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
東海道を追跡していた兇賊木枯の傳次の影武者を捕らえ損ねた錢形平次は、江戸へ帰還する。同時期、本物の傳次は平次の留守を突いて江戸の神田明神下から向柳原一帯で犯行を重ねていた。容疑をかけられた平次の子分八五郎の身の潔白を証明するため、平次は現場である八五郎の住む長屋へ向かう。そこで平次は、碁を打つ八五郎の隙を突いて犯行に及んでいた一味の正体を見抜き、鮮やかに事件を解決へと導く。
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一
その頃錢形平次は、兇賊木枯の傳次を追つて、東海道を駿府へ、名古屋へ、京へと、揉みに揉んで馳せ上つて一と月近くも留守。
明神下の家に、戀女房のお靜をたつた一人留守番さしては、鼠に引かれさうで心配でならないので、向柳原の八五郎の叔母さんに泊りに來てもらひ、その代り八五郎は、叔母さんの家にたつた一人。幸ひ寒さに向つて蛆も湧かず、無精でだらしがなくて、呑氣で贅澤な、男やもめ暮しをして居るのでした。
ところが何んと、錢形平次に追はれてゐる筈の木枯傳次は、平次が名古屋あたりへ行つた頃――つまり江戸を逃げ出して十日も經たないうちに、早くも立ち戻つて、平次のお膝元――神田明神下一角から、佐久間町、久右衞門町、八名川町と八五郎の御膝元なる向柳原一帶へかけて眞に落葉を吹きまくる木枯の如く荒し廻るのでした。
十一月の末から十二月の始めにかけて、押入られた家だけでも五軒、そのうち怪我人が一人、殺されたのが一人、盜られた金は、三百兩にも上るでせう。八五郎は最初は躍起となつて、この捕捉し難い兇賊の影法師を追ひ廻しましたが、結局八五郎如きでは手に了へないとわかつたのと、もう一つ、三輪の萬七が平次の留守を預かるといふ口實で、お神樂の清吉その他、夥しい子分をつれて乘込み、
「錢形の親分が留守のうち、俺が此邊まで乘出して來ることになつたんだ。八五郎兄哥には濟まねえが、當分骨休みして貰ひ度い。これには少しわけのあることなんだ、笹野の旦那も御承知の上だから――」
斯う言つた無禮な申入れです。八五郎さすがにムツとしましたが、生れ付いてのノウ天氣で、半日と腹を立てて居ることが出來ず、三輪の萬七の申入れを幸せに、十手を箪笥の中へ投り込んで、この半月あまりは、毎日碁ばかり打つて暮して居たのです。