微笑の渦
本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
K氏は知人に誘われ、R大使館の招待会に出席する。会場には作家のS氏や劇団関係者ら少数の日本人が集い、外国人とともに言葉の通じないもどかしさを抱えつつも、食事や余興を通じて交流する。K氏は自身の知人であるI子がS氏への面会を希望していたことを伝え、会合後にはその顛末をI子に語る。夜の喧騒が残るなか、二人はI子の下宿で会合の様子や、互いの関係について静かに語り合う。
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(一) K氏を介しての、R大使館からの招待日だつたので、その日彼は袴などつけて、時刻がまだ早かつたところから、I子の下宿へ寄つて一と話してから出かけた。
R大使館の所在を、彼は明白には知らなかつた。勿論招待の意味についても、明確なことはわからなかつた。しかし大凡その見当はわかつてゐた。気のきいた運転士が車をつけたところが、果してそれであつた、彼は門前で車をおりて、右側の坂道を爪先上りに登つて行つた。左へ折れたところに応接室か喫煙室かといふやうな部屋の窓の戸が少しあいてゐて人影が差してゐたが、そこを過ぎると玄関があつた。
名刺を通じてゐるところへ、大入道のA氏が奥から出て来て、彼を迎へてくれた。A氏は一度R国へ行く友人の送別会席上で見知りになつたR国人であつたので、私はいさゝか心強く感じて、導かるゝまゝに奥へ通つた。卓子掛や椅子の緋色づくめな部屋には数人のR国の男女がゐて、私の仲間は案外にも極めて小数であつた。その多くは夫人帯同であつたことも、私には意外であつた。
私は数人の男女のR国人に紹介されて、それらの人達の力強い手と一々握手をした。しかし誰が誰だか覚えてもゐられなかつた。
「キヤンニユスピイキイングリシユ?」
「アイ、キヤントスピイク。」
「キヤンユゲルマン。」
「ノー。」
こんなやうな簡短な応答が、私と彼等のあいだに失望的な笑ひと共に取り交された。しかし話せないのは私ばかりではなかつた。大抵は話せないのであつた。
私は当代の花形作家で且詩人であるところのS氏の側へ寄つて行つた。
「今夜はどんな人が来るんですか。」
「あとMさんが来るだけでせう」
「さう!」
すると又そこへ質素な黒い服装をつけた、断髪のぎよろりとした目をした若いR国婦人がやつて来て、やゝ熟達した日本語で話しかけた。最も大抵の婦人は黒い服装した断髪であつた。