本文へ移動
TORENDIA

小フリイデマン氏

本文約24,200字 ・ 読了時間 約49分

あらすじ(AIが作成しました)

生後まもなくの事故で身体に障害を負ったヨハンネス・フリイデマンは、周囲の恋愛や幸福を遠目に眺めながら、孤独に生きてきた。ある夏、美しい女性と出会い、長年抑え込んできた感情を露わにしてすがるものの、冷酷に拒絶され深い絶望に突き落とされる。本書は、自己の歪んだ身体と運命に抗おうとした一人の男が、ついに現実に打ちのめされ、破滅に至るまでを描く。

トオマス・マン Thomas Mann

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 29

とがは乳母にあった。――最初あやしいと思った時、フリイデマン領事夫人は、そんな悪徳はおさえつけてしまえと、本気になって彼女にいい聞かせたのだが、それがなんの役に立ったろう。今度は滋養になるビイルのほかに、なお赤葡萄酒を毎日一杯ずつ飲ませたのだけれど、それもなんの役に立ったろう。この女があさましくもその上、アルコオル・ランプに使うはずのアルコオルまで、平気で飲むということが、急にわかってしまったのである。そして代りの女中が来ないので、この女に暇をやることができないでいるうちに、あの凶事が持ち上ってしまった。母と、まだ子供っぽい三人の娘たちとが、ある日外から帰って来ると、小さい、生後一カ月ばかりのヨハンネスが、襁褓台からころげ落ちたなり、気味の悪いほどかすかなうめき声を立てながら、床の上に横たわっていて、そのそばに、乳母がぼんやり突っ立っていたのである。

医者は、ちぢこまってぴくぴく動いている嬰児の四肢を、慎重な確かさで調べてみて、それはそれはむずかしい顔をした。娘たち三人はすすり泣きながら片隅に立っていた。フリイデマン夫人は心痛のあまり、声に出して祈っていた。

あわれな夫人は、まだこの児が生れぬ前に、オランダ領事だった良人を、ある突然なしかもはげしい病気のためにうばい去られるという目に、会わなければならなかった。だから、まだあまりに心が弱っていて、小さいヨハンネスの命が取止められるようにと、希望するだけの気力さえなかったのである。しかし二日の後、医者がはげますように夫人の手を握りながら、述べるには、今が今どうということは、もはや断じてない、第一に脳の軽い障害はすっかりなおってしまった、それは視線に、はじめのように見据えたようなところがもうちっともなくなってしまったのでもわかる……もちろん、そのほかの点が、この先どう経過してゆくか、それを待つより仕方がないが――ともかく最善を期することだ、先刻もいったように、最善を期することだ……

トオマス・マン Thomas Mannの他の作品

同じジャンルの朗読つきの本