銭形平次捕物控
本文約11,100字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
深川の材木商上州屋で、三万両の隠し財産を巡る騒動が起きる。先代の遺言にある「日比魚」という謎の三字が波紋を呼ぶ中、智恵のある弟の勇次郎が毒殺され、事件は混迷を極める。銭形の平次は、若主人の許嫁であるお道の不審な行動から、彼女が勇次郎を毒殺し、隠し財産を独占しようとした犯行を見抜く。平次は鮮やかな推理で罠を張り、追い詰められたお道と対峙して事件を解決する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「江戸中の評判なんですがね、親分」
「何が評判なんだ」
ガラッ八の八五郎が、何か変なことを聞込んで来たらしいのを、銭形の平次は浮世草紙の絵を眺めながら、無関心な態度で訊き返しました。
「両国の女角力と銭形の親分」
「馬鹿野郎、俺を遊ぶ心算か」
平次は威勢の良いのを浴びせて、コロリと横になります。こうすると軒に這わせた、貧弱な朝顔がよく見えるのでした。
「へッへッ、怒っちゃいけませんよ。ところでね、親分」
「なんだい、うるさい野郎だな。少し昼寝でもさしてくれ。――女角力を毎日覗いているような目出たい人間とは付き合いたくねエ。木戸銭だってまともに払っちゃいないだろう」
「冗談じゃありませんよ。女角力を見たのはたった三遍だけですよ」
「三遍見りゃたくさんだ」
「四遍も見ると、嚏が出る」
「呆れた野郎だ。そんなものへ俺を引合いに出すのか」
「そんな心算じゃありません。ね、親分、女角力はちょいと話のキッカケをつけただけで、今日は親分の学の方を借りに来たんですがね」
「ガク?」
「学問ですよ、親分」
「大層なものを借りに来やがったな。そうと知ったら、昨日あたり二三百文ほど仕入れておくんだったよ」
平次は仰向けに寝たまま、面白そうに笑っております。
「ね、親分、ひらめという字を知っていますか」
「ひらめやかれいに付き合いはないよ。鰻という字と、鯨という字なら看板で見て知ってるが、それでも間に合わせるわけには行かねエのか」
「ひらめですよ、親分。――日比魚と三字でひらめと読むか読まないかてんで、大変な騒ぎですよ」
「フーン」
平次は一向気の乗らない様子です。
「町内の手習師匠に訊くと、ひらめを四角な字で書くと比目魚となる。魚扁に平でひらめだが、日比魚と書いてひらめとは読まない――とこうなんで」
「それで解ってるじゃないか、俺の学なんか引合いに出すことがあるものか。魚扁に平はひらめさ、魚扁に丸くて長いのはどじょうで、魚扁に骨張っているのはほうぼう、物事はみんな理詰めだ」
「ところで遺言には日比魚と書いてあるんで。これは聖堂へ持って行ったって読めないから不思議じゃありませんか。これが読めると、何万両という金になるんだが――」