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TORENDIA

動物界における善と悪

本文約6,600字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

動物の生活様式と行動の関連性を基に、善悪の概念を論じる。単独生活の個体や完結した団体をなす蜂や蟻には善悪の区別は適用されない。猿などの団体生活をなす動物において初めて個体の利己心と団体の要求が衝突し、その行為の結果として善悪が生じる。著者は、抽象的な議論に終始してきた倫理学の根底を、動物の習性を研究する生態学に求め、その結びつきの必要性を説く。

丘浅次郎

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🎧 動物界における善と悪 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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善とは何か、悪とは何か、善はなにゆえになすべきか、悪はなにゆえになすべからざるか等の問題は、すでに二千何百年も前のギリシア時代から今日にいたるまで、大勢の人々の論じたところであるが、昔の賢人の説いたところも、今の学者の論ずるところも、みな万物の霊たる人間についてのことばかりで、他の動物一般に関したことはほとんど皆無のようであるから、この点について日ごろ心に浮かんだことを試みに短くここに述べてみよう。

動物には単独の生活をなすものと、団体を造って生活するものとあるが、全く単独の生活をなす動物の行為は、善悪の二字をもって批評すべき限りでない。世人は狼が羊を捕えて噛み殺すのを見れば、羊の苦しみを憐れむ心から狼の所行を悪と名づけたく感ずるが、これは罪なき他人を害する人間を悪人と呼ぶのから連想したことで、単に狼のみについて言えば、その羊を食うのはあたかも人間が飯を食うのと同じく、ただ生活に必要なことをするというだけで、善とも名づけられねば、また悪とも名づけられぬ。かかる動物では各自の行為の結果は、ただその個体自身に影響をおよぼすだけで、成功しても他に利益を与えることもなく、失敗しても他に迷惑をかけるでもなく、強ければ栄え、弱ければ滅び、たれの恩をこうむることもなく、たれの巻き添えに遇うこともない。それゆえ、かりに身をこの境遇において想像してみると、善悪という文字は全くその意味を失ってしまう。

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