正体
本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
龍助の危篤を知った津川は、かつての恋人である佐知子への情熱を抱えながら須磨へ向かう。龍助は帰朝後、画仲間から離れ佐知子の裸体画を執拗に描き続けていた。通夜の席で、津川は画室に並ぶ佐知子の肖像と裸体画の数々を目にする。その後、佐知子から野村屋への来訪を告げられた津川は、龍助が死の直前まで追い求めていた彼女の正体が、実は龍助自身の幻影によって見えなくなっていた真の姿であることを直感する。
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龍助危篤という電報を手にしたとき、津川は電文の意味を知るよりも佐知子に会えるなと思うほうがさきだった。
「なんていうやつだ」
それでも彼はいちおうそう云って自分を苦々しく反省したが、車で東京駅へかけつける気持には、すでにどう抗ってみても危篤の友を見舞うにふさわしいものはなくて、抑えても抑えてもふくれあがる女への情熱でいっぱいだった。
佐知子とは彼女が龍助のあとを追ってフランスへ行くとき会ったきり手紙のやりとりもせず五年になる。
三年まえに帰朝したという通知を龍助からもらったおりには、前後を忘却するほど感情の紊れに襲われたが、すでに二人は龍助の前では逢うことのできぬ関係になっていたから、そのときは無論のことその後もずっと相会う機会を避けるようにしていた。
龍助は帰朝してから半年ほど、東京で画の仲間と生活をもったが、佐知子はチロルで喀血して以来ずっと健康をとりもどせずにいると云って須磨の家に残っていた。
そして龍助が東京をひきあげるについて迎えがてら春服のモオドを見に彼女が上京すると聞いたときには、津川は反対にそのときかかっていた仕事の材料を集めに鳥取市へでかけてしまった。そんなことが二三度続いたあとで、
「どうしたんだ、君たちはまるでお互いに逃げあっているみたいじゃないか」
と龍助が云ったりした。
東京をひきあげると間もなく龍助の態度が変ってきた。もっともフランスから帰った時分にもう彼のようすは変っていたのだ、それまでは本当にただ金持のお坊ちゃんが画を描いているというだけで、性格から云っても人好きの良い派手なことのすきな、悪く云うと浮っ調子だった彼が、すっかり沈みこんで、口も重くなり動作も鈍くなり、ともすれば相手の言葉の裏をさぐるような暗い眼つきをするのだ、着物の好みなどもひどく地味になったし、相貌までが生気を喪って、いつも額を蒼くし眉を顰めているというふうになった。
露悪的にしかものを表現することのできぬ仲間の一人は、
「杉田のやつは腎虚だぜ、あの女房はあいつの感覚には淫蕩すぎるんだ」