リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
はじめに
カレンダーを思い浮かべてください。一年は十二か月で、一月が終われば二月が来ます。これは、いまの私たちにとって、あまりに当たり前のことです。
ところが、いまから150年ほど前の日本には、十二月が二日で終わってしまった年がありました。明治5年、西暦1872年のことです。
この年の旧暦の十二月は、一日と二日の、わずか二日間でした。その次の日は、十二月三日ではありません。新しい暦の、明治6年1月1日になったのです。
なぜ、そんなことが起きたのでしょうか。誰が、どのように決めたのでしょうか。そのとき人びとは、どう受け止めたのでしょうか。
この本では、国立公文書館、国立国会図書館、国立天文台などが公開している資料をもとに、明治の改暦をたどります。
暦の話は、難しそうに聞こえるかもしれません。けれども、中心にあるのは、とても素朴な問いです。日付とは何か。時刻とは何か。それは誰が決めるのか。
耳で聴きながら、ゆっくりお付き合いください。分からないことは、分からないと書きます。私自身の考えを述べるときは、事実とはっきり分けて書きます。
第一章 十二月が二日で終わった日 ― 布告の内容
明治5年11月9日
話は、明治5年11月9日に始まります。西暦1872年です。ただし、この11月9日は、当時使われていた旧暦の日付です。
この日、新しい暦を使うことを知らせる詔書が出されました。詔書とは、天皇の意思を示す文書のことです。
あわせて、布告第337号が出されました。出したのは、だじょうかんと呼ばれた、当時の政府の役所です。布告とは、政府が国民に知らせる決まりのことです。
この資料は、国立公文書館に残っています。公文書館の解説によると、そこには大切な決まりが、いくつも書かれていました。
布告が定めた四つのこと
一つ目は、これまでの暦をやめて、太陽暦を使うことです。
二つ目は、一年の長さと月の分け方です。一年は365日で、十二の月に分けます。そして、4年ごとに、うるう年を置きます。