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TORENDIA

蛇口をひねると水が出るまで ― 玉川上水から近代水道、水道法まで

本文約9,600字 ・ 読了時間 約20分

白石 凪

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第一章 43キロを8か月で

江戸の人々は、約43キロ離れた川の水を、約8か月の工事で、街まで引いたと、伝えられています。

じょうおう2年、西暦1653年のことです。

水路の始まりと終わりの高さの差は、およそ92メートルでした。

水は、高いところから低いところへ、自然に流れ下りました。

そうして、江戸の街に、川の水が届いたのです。

では、いまの私たちは、どうでしょうか。

蛇口をひねれば、水が出ます。

その水は、どこから来て、どんな道を通ってくるのでしょうか。

この当たり前は、いつ、どうやって、生まれたのでしょうか。

この本では、江戸の水の道から、日本で初めての近代水道、そして水道の法律まで、順番にたどります。

舞台は、おもに、東京と横浜です。

使った資料は、三つあります。

東京都水道局のページと、横浜市のページ。

そして、厚生労働省が公開している、昭和32年の水道法の施行についての通達です。

年や数字は、これらの資料に書かれているものだけを使います。

この本は、水道の歴史の本です。

水道の料金や、水道の運営のあり方の議論は、扱いません。

また、水道水の飲み方や、災害のときの備えについては、お住まいの水道事業者の案内で、ご確認ください。

まずは、江戸の水の道から、見ていきましょう。

第二章 江戸の水の道

江戸の人々は、どうやって水を手に入れていたのでしょうか。

東京都水道局の、東京の近代水道のページによれば、江戸の街には、水を引く仕組みがありました。

水は、石や木でつくった管を通って、街のあちこちに送られました。

そして、その水は、人々が使う井戸に、届けられていたと書かれています。

確かなものとして、ページが挙げているのは、神田上水です。

三代将軍の家光の代までに、完成したものだと考えられている、と書かれています。

そして、もうひとつが、玉川上水です。

玉川上水の工事は、じょうおう2年の、西暦1653年の4月4日に始まりました。

11月15日に、水路ができあがったと、伝えられています。

およそ8か月です。

その水路は、どのくらいの長さだったのでしょうか。

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