本文へ移動
TORENDIA

しょっぱいみそしるの会 ~団地の台所で、はじめての一汁三菜~

本文約8,900字 ・ 読了時間 約18分

野々宮 遥

速度
🎧 しょっぱいみそしるの会 ~団地の台所で、はじめての一汁三菜~ / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 10

この物語はフィクションです。登場する人物、団地、町は、すべて作者がつくったものです。

一 しょっぱい味噌汁

味噌汁が、しょっぱすぎる。

その場にいた全員が、同時に、そう思った。

けれど、だれも、口に出さなかった。

団地の台所に、四つのお椀が、ならんでいた。

白い湯気が、ふわふわと立っている。

その湯気の向こうで、おおたさんは、胸をはっていた。

生まれてはじめてつくった味噌汁を、得意そうに見つめている。

ゆうたは、お椀を口もとに運んだ。

一口、ずずっと、すすった。

そして、目をぎゅっと、つぶった。

まりこは、お椀を両手で持ったまま、固まっていた。

口をつける前に、何かを察したのかもしれない。

いや、たぶん、においで、わかったのだ。

ふじさんは、にこにこしていた。

いつもの、おだやかな顔だった。

その笑顔の奥で、何を考えているのか、だれにもわからなかった。

「どうですか」

おおたさんが、聞いた。

声が、少しだけ、うわずっている。

「うまくできたと、思うんですが」

台所が、しんとなった。

換気扇の音だけが、ぶーん、と鳴っている。

鍋の中で、ほんの少し残った味噌汁が、ことことと小さな音を立てた。

だれが、最初に、言うのだろう。

四人は、お椀の湯気をはさんで、目を合わせないようにしていた。

それが、団地の台所の、はじめての夜だった。

二 団地の共用台所

話は、二時間ほど前に、さかのぼる。

その団地には、一階に、小さな集会所がある。

その奥に、共用の台所が、ひとつあった。

ガスコンロが三つ。

大きな作業台。

古い食器棚。

長いこと、あまり使われていなかった台所だ。

その台所の入口に、ある日、一枚の紙が貼られた。

「みんなで一汁三菜の会 月に一度、集まって、いっしょにごはんをつくります」

いちじゅう さんさい、と読む。

ご飯と汁物に、おかずを三つ、合わせた形のことだ。

紙の下には、世話人の名前が、小さく書いてあった。

「ふじ」

ふじさんは、七十代の女性だ。

この団地に、四十年近く住んでいる。

背は小さくて、髪は白くて、いつも割烹着を着ている。

話し方がゆっくりで、声があたたかい。

団地の人たちは、みんな、ふじさんのことを知っていた。

野々宮 遥の他の作品

🎧
あかりの言葉をおぼえた夜 ~岬の灯台と、最後の見回りの晩~
野々宮 遥 ・ 約35分
🎧
しおが満ちるまえに ~あかねのひがた日記~
野々宮 遥 ・ 約28分
🎧
きいろの日をきめる朝 ~気象台のいちょうと、ふたりの観測~
野々宮 遥 ・ 約34分
🎧
のちの月の晩に ~ことはと、まだ丸くない月~
野々宮 遥 ・ 約29分
🎧
しおりの文字は、だれの文字 ~江戸のかしほんやものがたり~
野々宮 遥 ・ 約31分
🎧
ゆびで読む絵本 ~六つの点の、さいしょの一行~
野々宮 遥 ・ 約46分
🎧
道が消えた夕ぐれ ~ひきかえす、という勇気~
野々宮 遥 ・ 約30分
🎧
拾った時計と、三か月のあいだ
野々宮 遥 ・ 約33分
🎧
ねむる種をおこす日 ~マイナス十八度の、小さな缶~
野々宮 遥 ・ 約29分
🎧
るすばんの神さまと、さいごのバス ~仮装の夜に、ひとりだけ仮装していない人~
野々宮 遥 ・ 約25分
🎧
木の札のひとりごと ~千年のあとで、よんでもらえた日~
野々宮 遥 ・ 約26分
🎧
ながれぼしに三回いえるか ~天文部の、はじめての夜~
野々宮 遥 ・ 約25分

同じジャンルの朗読つきの本