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TORENDIA

春寒

本文約3,500字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

アイスランド人の口碑を十二世紀に記録した「ヘイムスクリングラ」を題材に、ノルウェー王オラーフ・トリーグヴェスソンとセント・オラーフの英雄譚を綴る。春先の病床で読み耽る著者は、離れた座敷から聞こえる娘のメンデルスゾーン「春の歌」の練習音を背景に、異国の古い戦の情景や王たちの運命を幻視する。読書体験と音楽が重なることで、遠い北国の歴史に対する憧憬や、英雄の行く末にはかなさを感じさせる心象風景を描き出す。

寺田寅彦

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🎧 春寒 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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スカンジナヴィアの遠い昔の物語が、アイスランド人の口碑に残って伝えられたのを、十二世紀の終わりにスノルレ・スツール・ラソンという人が書きつづった記録が Heimskringla という書物になって現代に伝えられている。その一部が英訳されているのをおもしろそうだと思って買って来たまま、しばらく手を触れないで打っちゃっておいた。

ことしの春のまだ寒いころであった。毎日床の中に寝たきりで、同じような単調な日を繰り返しているうちに、ふと思い出してこの本を読んでみた。初めの半分はオラーフ・トリーグヴェスソンというノルウェーの王様の一代記で、後半はやはり同じ国の王であったが、後にセント・オラーフと呼ばれた英雄の物語である。

大概は勇ましくまた殺伐な戦闘や簒奪の顛末であるが、それがただの歴史とはちがって、中にいろいろな対話が簡潔な含蓄のある筆で写されていたり、繊細な心理が素朴な態度でうがたれていたりするのをおもしろいと思った。それから一つの特徴としては、王の軍中に随行して、時々の戦の模様や王の事蹟を即興的に歌った詩人(Scalds)の歌がところどころにはさまれている事である。それがために物語はいっそう古雅な詩的な興趣を帯びている。

日本に武士道があるように、北欧の乱世にはやはりそれなりの武士道があった。名誉や信仰の前に生命を塵埃のように軽んじたのはどこでも同じであったと見える。女にも烈婦があった。そしてどことなくイブセンの描いたのに似たような強い女も出て来た。さすがにワルキリーの国だと思われたりした。

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