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TORENDIA

文化生産者としての自覚

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

戦後の日本における出版事情の歪みを背景に、作家と出版印刷関係者が果たすべき社会的役割を論じる。営利目的の闇紙使用や悪質な出版の横行が国民の精神的要求を阻害していると指摘し、文筆家や印刷労働者が単なる企業の下請けではなく、社会の文化生産者としての自覚と責任を持つことの重要性を説く。作家と労働者が自身の仕事の社会的意義を再認識し、協力して取り組むことで初めて、真に民主的な日本の文化が発展すると主張する。

宮本百合子

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🎧 文化生産者としての自覚 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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谷崎潤一郎の小説に「卍」という作品がある。その本が一冊千円で売られる話をきいた。小売店では、いくらなんでもとあやぶんでいたところ案外に買手がある。今時の金は、ある所にはあるものだ、という驚きとむすびつけて話された。荷風もよく売れる。谷崎や荷風のものは、情痴といわゆる遊びの世界にひかれて、文学そのものには全く縁のない闇屋が最近愛読しているということも話された。そのとき「闇屋の作家」という表現が与えられていてわたしを驚かした。

六七年前、インフレーションがはじまって、それはまだ軍需インフレと呼ばれていた頃、書籍とインフレーションの関係で、新しい插話が生れた。その中に、インフレーションで急に金まわりのよくなった若い職工さんが、紀伊国屋書店にあらわれて、百円札を出し、これだけ本をくれ、といったという話がひろくつたえられた。出版インフレと云われて、今日になれば価値も乏しい文学書も溢れていたときのことである。

みかんかりんごを買うように、これだけ本をくれと百円札を出したにしろ、その若い職工さんは、ともかく本が何か心のたしになると思って買う気になったのだろう。ちょうど、みかんは主食にならないけれど、みかんのヴィタミンは、身体にいいと知っていたように。ところが、こんにち谷崎、荷風のものなら「闇屋が買うから」といわれていることには、おのずからちがった意味がある。

作家が自分の本をいつ、誰に、何処で読まれるかということについては、これまできわめて受動的な立場にいた。読みたい人は誰でも読み、そしてまた誰でも読むということがその作家の社会的な商売的な存在のひろさをはかることでもあった。だから谷崎、荷風が闇屋に読まれるということもその作家にとやかくいうべきでない社会現象であるともいえる。なぜなら、闇屋は最近の日本の破滅的な生産と経済と官僚主義の間から生えたきのこであり、谷崎、荷風はそんなきのこの生える前からそこに立っていた資本主義社会の発生物であったのだから。

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