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TORENDIA

動物愛護デー

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

トルストイの『復活』で描かれる裁判の非人間的な実態や、法が権力者に都合よく使われる社会構造を論じる。また、当時の日本で起きた若者たちの判決と、対照的に報じられた動物愛護の行事を並べ、動物が愛護される一方で権力による弾圧を受ける人権の不条理を鋭く突く。権力の支配下にある社会で真の正義とは何かを問い直し、イソップ物語を引き合いに出しながら、人間が人間として扱われることの重要性を説く一編である。

宮本百合子

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🎧 動物愛護デー / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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トルストイの「復活」という小説がある。小説として世界じゅうのひとによまれているばかりでなく、芝居に脚色されて、日本でもカチューシャとよばれる女主人公の運命は、ひとびとの心にきざまれている。「復活」のもっとも力づよく描き出されている場面の一つに、裁判の情景がある。帝政時代のロシアの裁判所の公判廷に、客を殺した一人の売笑婦として、カチューシャがひき出されて来る。貴族の陪審員として、偶然、その日の公判に臨席していたネフリュードフが、シベリア流刑を宣告されたそのカチューシャという売笑婦こそ、むかし若かった自分が無責任にもてあそんだ伯爵家の小間使いであったことを発見する。そして、道徳的責任にたえがたくめざまされたネフリュードフの物語がくりひろげられる。トルストイが、あのように力をこめて、無実の罪を主張して泣き叫ぶカチューシャにシベリア流刑を宣告する裁判官の、無情な非人間さを描破したのは、なぜだったろう。法律は、権力者によって自分に都合のいいように使われるが、真実の罪は、罪ありとしてさばかれるものにはない場合がある。だが法律は、真実に罪があるのでない者の運命にどれほど深刻に作用しつつあるかということについて、トルストイは、すべての人の注意をよびさまそうとしたのであった。

法律は公正であると信じこむように教育されているが、階級社会で実際に法律がどうつかわれるかという実例はサッコ・バンゼッティの事件ばかりではない。五月三十日の東京人民大会でとらえられた八名の若い人たちの罪にしても、いろいろ考えさせる。新聞のつたえるところによると青柳弁護士が、あのさわぎを誘発したのは丸の内警察署の誰某と名前をあげて弁論している。ひとを一定の罪にひっかけるために挑発し、行動したものは、それが権力の使用人であれば罪はないというものだろうか。罪の原因をうみ出しつつあるものに罪はないのだろうか。この社会の正義というものについて大きい疑問を呈出したのがユーゴーの「レ・ミゼラブル」であり、その主人公ジャン・バルジャンの飢えである。

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