凩
本文約1,200字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
西の方から吹き荒れる凩が、静まり返った家屋や庭の草木を震わせる。机に向かう筆者は、窓の外を通り過ぎる一人の老翁を目撃する。襤褸を纏い、杖にすがって歩くその姿に、筆者は自らの未来の姿を重ね合わせる。かつて抱いたであろう希望や、過ぎ去った青春、志の行方を想い、老人が歩み去る背中に去来する人生の儚さを綴る。やがて曲がり角から響く子供の笑い声に、筆者は老翁の過去の歓喜の反響を聴き取り、取り止めのない思索を巡らせる。
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またひとしきり強いのが西の方から鳴って来て、黒く枯れた紅葉を机の前のガラス障子になぐり付けて裏の藪を押し倒すようにして過ぎ去った。草も木も軒も障子も心から寒そうな身慄をした。ちょうど哀れをしらぬ征服者が蹄のあとに残して行く戦者の最後の息であるかのような悲しい音を立てている。これを嘲る悪魔の声も聞えるような気がする。何処の深山から出て何処の幽谷に消え去るとも知れぬこの破壊の神は、あたかもその主宰者たる「時」の仕事をもどかしがっているかのように、あらゆるものを乾枯させ粉砕せんとあせっている。
火鉢には一塊の炭が燃え尽して、柔らかい白い灰は上の藁灰の圧力にたえかねて音もせずに落ち込んでしまった。この時再び家を動かして過ぎ去る風の行えをガラス越しに見送った時、何処とも知れず吹入った冷たい空気が膝頭から胸に浸み通るを覚えた。この時われは裏道を西向いてヨボヨボと行く一人の老翁を認めた。乞食であろう。その人の多様な過去の生活を現わすかのような継ぎはぎの襤褸は枯木のような臂を包みかねている。わが家の裏まで来て立止った。そして杖にすがったまま辛うじてかがんだ猫背を延ばして前面に何物をか求むるように顔を上げた。窪んだ眼にまさに没せんとする日が落ちて、頬冠りした手拭の破れから出た一束の白髪が凩に逆立って見える。再びヨボヨボと歩き出すと、ひとしきりの風が驀地に道の砂を捲いて老翁を包んだ時余は深き深き空想を呼起こした。しかしてこの哀れなる垂死の人の生涯を夢みた時、あたかもこの人の今の境遇が余の未来を現わしていて、余自身がこの翁の前身であるような感じがした。
彼は必ず希望を抱いて生れ、希望の力によって生きて来たであろう。否今もなおこの凩に吹き散る雲の影のようななんらかの希望の影を追うているではあるまいか。そしてこの果敢ない影を捕えんとしては幾度か墓のに躓いているのではあるまいか。凡そ何がはかないと云っても、浮世の人の胸の奥底に潜んだまま長い長い年月を重ねて終にその人の冷たい亡骸と共に葬られてしまって、かつて光にふれずに消えてしまう希望程はかないものがあろうか。