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TORENDIA

落雷のあと

本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

落雷で裂けた大きな欅の木を見上げた立川一郎は、虚無的な会社生活に埋没する自分自身に哀感を抱く。戦後も変わらぬ形式的な規律や、生活に困窮し過去を夢見る家族の姿に閉塞感を感じた立川は、会社に辞表を出す。精力的な友人の印刷工場で働くことを決意した彼は、土産の鮨を抱えて帰路につく。裂けた欅を再び見つめ、夜空に光る星を仰ぐ立川の姿を通して、戦後の喪失感とそこからの決意を描く物語である。

豊島与志雄

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雷が近くに落ちたからといって、人の心は俄に変るものではありますまい。けれど、なにか心機一転のきっかけとなることはありましょう。そういうことが、立川一郎に起りました。

暑い日、というよりは寧ろ、乾燥した日でした。午後、流れ雲が空のあちこちに浮んでいたのが夕方になって、消え去ったり寄り集まったりしているうちに、更にその上方高く、入道雲が出てきまして、両方が重り合い乱れ合って、急に暗くなってゆきました。そしてそのまま夜となりました。少しの風もなく、大気は重く淀んでいました。遠くに、稲光りと雷鳴とがありました。それから、冷やかな風が来て、間もなく止み、また風が来ました。大粒の雨がまばらに降りだしました。だが、雨はひどくならず、雷鳴だけが激しくなってゆきました。そして瞬間、万物が息をひそめた気配のなかに、天と地が激突したような光焔と音響とが起り、あとはしんしんと、闇黒の底に沈んだ感じでした。

立川の家からすぐ近くの、矢野さんの庭の大きな欅に、雷が落ちたのでした。

中空に聳え立っていた欅の大木は、伸びきった幹の上部でまっ二つに裂かれて、片方の数本の枝が地上に叩き落され、そこから、樹皮の亀裂が一直線に幹を走り下っていました。その姿を、翌朝、青空のもと、晴れやかな陽光のなかに、立川一郎は仰ぎ見ました。

彼は瞑想に耽りながら、焼け跡を逍遥し、もはや人込みが少くなった頃、電車に乗り、正午近くなって会社へ出ました。そしてそのまま自席に就き、ぼんやり考えこんでいますと、専務の水町周造から呼びつけられました。

「君は、この会社の規律を、忘れたのではあるまいね。」

一語一語に力をこめて、水町はじっと立川を眺めました。その視線が、以前は金槌のようだったのに今では木槌のようだと、立川はへんなことを感じました。

会社の規律というのは、立川も鵜呑みにしていました。遅刻したり、外出したり、早退したりする場合、つまり勤務時間に在社しない場合、その理由を一々専務に報告して了解を得なければならない、そういうことでした。戦時中に厳守されてきたその規律は、終戦後、会社の事務が殆んど無くなった後まで、やはり残存していました。

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