本文へ移動
TORENDIA

通俗性・大衆性・普遍性

本文約2,300字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

芸術作品における通俗性、大衆性、普遍性の三つの概念を区別し、当今の新劇が陥る傾向を論じる。芸術的教養のない俗衆向けの通俗性と、広く社会層の感性に訴える大衆性を明確に分け、芸術の真の価値である普遍性の獲得を説く。新劇の舞台が専門家や愛好者向きの狭い趣味に偏り、俳優の教養や観察力に欠ける現状を批判し、物語の真実と美しさを備えた、一般観客を惹きつける普遍的な演劇を築く必要性を主張する。

岸田國士

速度
🎧 通俗性・大衆性・普遍性 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

演劇に限らず、芸術作品の通俗性とか大衆性とかが問題になつてゐる。

通俗性と大衆性の区別は、もつとはつきりさせねばならぬが、これは簡単に通俗性とは、芸術的教養なき一般俗衆に、安価な興味と感激を強ふる体の要素を盛つたもので、大衆性とはかかる俗衆の意味でなく、階級としての一社会層の意欲並に好尚を目標とし、人間としての素朴にして健やかな感性に愬へ得る単純明朗な芸術的要素を主とするものであるとしておかう。

ところで、大衆的ならんとして、通俗性に陥ることがある如く、通俗的なるがために屡々陥るところの悲惨は、それが大衆的ならざることであり、同時に、真の意味の普遍性を失ふことである。

高踏的なるものが普遍性に乏しきことは、自ら求むるところに近いが、最も広い層に愬へようとする意図が明瞭に示されてゐながら、その結果はこれに反するといふ事実に、演劇当事者は注意すべきである。

商業劇場のことは我れ関せず、私は当今の新劇が、観客層の開拓を心がけ、早くも職業的ならんとして、意識的に通俗性を目指す傾向を憂ふるものである。無論通俗的になりきれば、それは新劇ではないのであるが、若しも、芸術家を以て任ずるものなら、何等かの意味に於て、通俗性から救はれてゐなければならぬと思ふ。

今日までの新劇は、脚本の選択に於て、演技の不自然さに於て、たしかに観客の範囲を狭めて来た。しかし、その範囲を広めることは、先づ舞台に普遍性を求めることからはじめなければならぬ。大衆性も結構であるが、日本の大衆は、現在、「芸術」を求めてをらぬし、また求めるやうな気運も動いてゐないからしかたがない。

芸術的に如何に高級なものでも、普遍性さへもたせれば、十分、現在の新劇運動は支持者を得る自信を私はもつてゐる。

岸田國士の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本