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TORENDIA

歌のいろ/\

本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

投書を通じて寄せられる歌の数々を題材に、近代における歌のあり方を考察する随筆。脱字の多い投書から作者の困窮した生活を読み解き、小中学校の教師からの歌の研鑽を誓う手紙に文学を特権化する迷信を指摘する。また、土岐哀果の歌に対する旧弊な批判を論じ、保守的な既成概念を排し、現代人の感情を自由に表現する形式としての歌を模索する。生活の不自由と苦痛を抱えながら、悲しい玩具として歌と向き合う心境を綴る。

石川啄木

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🎧 歌のいろ/\ / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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(一)

○日毎に集つて來る投書の歌を讀んでゐて、ひよいと妙な事を考へさせられることがある。――此處に作者その人に差障りを及ぼさない範圍に於て一二の例を擧げて見るならば、此頃になつて漸く手を着けた十月中到着の分の中に、神田の某君といふ人の半紙二つ折へ横に二十首の歌を書いて、『我目下の境遇』と題を付けたのがあつた。

○讀んでゐて私は不思議に思つた。それは歌の上手な爲ではない。歌は字と共に寧ろ拙かつた。又その歌つてある事の特に珍らしい爲でもなかつた。私を不思議に思はせたのは、脱字の多い事である。誤字や假名違ひは何百といふ投書家の中に隨分やる人がある。寧ろ驚く位ある、然し恁に脱字の多いのは滅多にない。要らぬ事とは思ひながら數へてみると、二十首の中に七箇所の脱字があつた。三首に一箇所の割合である。

○歌つてある歌には、母が病氣になつて秋風が吹いて來たといふのがあつた。僻心を起すのは惡い/\と思ひながら何時しか夫が癖になつたといふのがあつた。十八の歳から生活の苦しみを知つたといふのがあつた。安らかに眠つてゐる母の寢顏を見れば涙が流れるといふのがあつた。弟の無邪氣なのを見て傷んでゐる歌もあつた。金といふものに數々の怨みを言つてゐるのもあつた。終日の仕事の疲れといふことを歌つたのもあつた。

○某君は一體に粗忽しい人なのだらうか? 小學校にゐた頃から脱字をしたり計數を間違つたり、忘れ物をする癖があつた人なのだらうか? ――恁事を問うてみるからが既に勝手な、作者に對して失禮な推量で、隨つてその答へも亦勝手な推量に過ぎないのだが、私には何うもさうは思へなかつた。進むべき路を進みかねて境遇の犧牲となつた人の、その心に消しがたき不平が有れば有る程、元氣も顏色も人先に衰へて、幸福な人がこれから初めて世の中に打つて出ようといふ歳頃に、早く既に醫しがたき神經衰弱に陷つてゐる例は、私の知つてゐる範圍にも二人や三人ではない。私は「十八の歳から生活の苦しみを知つた人」と「脱字を多くする人」とを別々に離して考へることは出來なかつた。

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