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TORENDIA

手品

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

作者の頭の中に浮かぶイリュージョンを鮮明に表現することこそ、文学作品の価値を決定づける最重要課題であると論じる。思想や内容の優劣以上に、作家がいかに独自の色彩や調子で実人生を具象的に描き出せるかを問い、そのために必要な技巧を、芸術の出発点にして到着点であると位置づける。安易な技巧の否定を戒め、生涯をかけて表現を磨き続けることの重要性と、芸術家が本来専念すべき創作への真摯な姿勢を説く。

田山録弥

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🎧 手品 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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矢張私達の問題は、作者の頭の中のイリユウジヨンを如何にそこにあらはすかといふことが大切であつて、古来幾多の作品に徴してもそれだけはたしかであるやうである。それは時代的背景とか、時代的思想とか、またはその時の調子とか気分とかいふものも決して度外視することは出来ないけれども、さういふものはその表現の中に必然にあらはれて来てゐなければならないもので、私達作者に取つては、その表現といふことが一番肝腎であるのである。

その証拠には、何処に行つても何ういふ合評の席に行つても、一番先きに問題になるのは、その表現の巧拙乃至自然にあるやうである。いかに作者がその持つ頭の中のイリユウジヨンをはつきりとそこにあらはしてゐるか。眼に見えるやうにあらはしてゐるか。浮彫のやうにあらはしてゐるか。またいかにその細緻な表現を示してゐるか。さういふことが一番先に問題になるやうである。さういふことが何より先にその作品の価値を決定的にして了ふやうである。いかに内容が立派であつても、いかに思想がすぐれてゐても、またいかにそこに盛られてある作者の体験が本当でも、単にそれだけでは、そのイリユウジヨンがはつきりとあらはされてゐなくては、多くは単なる記録になつて了ふやうである。従つて私達作者の第一にやらなければならないことは、そのあらはすといふことで、それを絵画の方で言つて見れば、絵具の雑ぜ方とか、色の出し方とか、刷毛のつかひ方とかいふ技巧方面のこと、更に言ひ換へれば手品とか仕懸けとか言つた方のことが作者としては最も必要なことなのである。やれ内容が何うの、思想が何うのと言つてゐるひまに、少しでもその作者独特の色彩なり調子なりを出すことに苦心しなければならないのである。自分の眼で見、耳で聞き、心で感じたことを出来るだけユニツクにカンバスの上にあらはすことに努力しなければならないのである。つまり芸術に携はるものとしては、それが最初の出発点であつて、そしてまた最後の到着点でなければならないのである。さうかと言つて、私は技巧論者ではない。技巧だけが芸術だなどゝ言ふものではない。もつともつと先のことを言つてゐるのである。

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