モウタアの輪
本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
ある離れ島を訪れた男女二人は、世間の噂や周囲の視線から逃れ、心中をも彷彿とさせる緊張感の中で旅を続けている。彼らは滞在先で、かつて恋のために全てを捨ててこの地に隠れ住んだという所長夫婦に出会う。二人は所長夫婦の質素で隔離された生活に自分たちの姿を重ね、深い共感を覚える。現実に縛られながらもその境涯に憧れを抱く二人は、別れ際にその静かな生活を名残惜しく振り返りながら、再びモウタア船で帰路につく。
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一
モウタアの音がけたゝましくあたりにひゞいて聞えたので、仕度をして待つてゐた二人はそのまゝ裏の石垣になつてゐるところへと出て行つた。外洋の波の高くつてゐるのはそれと指さゝれたけれども、港の内は静かで、昨夜遅く入つて来たらしい二本マストの小さな汽船がそこに斜に横たへられてあるのを眼にしたばかりであつた。モウタアを仕かけたその小さな伝馬は、すぐその向うのところに来てタプタプと波に浮かんでゐた。
「大丈夫?」
危むといふやうにして女は言つた。
「大丈夫とも、丸で鏡のやうぢやないか? 何でもありやしないよ」
「急に荒れて来るやうなことはありやしない?」
「保証するよ」
Sは押しつけるやうにかう笑つて言つたが、此方に近く寄つて来るやうに手をあげてその船に合図をした。カタカタとまたモウタアがあたりに響き出したと思ふと、やがてその伝馬は石垣の雁木のところにかゝつてゐる二三隻の船の向うのところまで来て徐かに留つた。
「そこまでしか来られんかねえ?」
とても入つて来られさうにもないので、仕方がなしにSは先きに雁木を下りて、一番近くにある船に自分が乗つて、そこから女の手を執つてやつた。女は辛うじてSのあとについて来た。
やつとその伝馬に乗移つた時には、女はほつと溜息をついた。
「どうしたの」
「だつて、怖いんですもの」
につと笑つて、
「大丈夫ね?」
「心配はないよ」
かれ等は三日前にこのわだ中の離れ島に来たことを繰返した。何のために? あらゆるものから離れるために。世間の噂やら評判やらから離れるために。世の常の睦まじい夫妻のやうにしてあるいても誰にも眼をつけられないために。否、昨夜も「こゝなら大丈夫ね、誰一人知つてゐるものはないんですもの。どんなにしたつて構ひはしませんわね。誰だつて変な眼で見るものはありませんからねえ」かう女が言つたことをSはくり返した。