たましいは生きている
本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
戦争で帰らぬ人となった兄を慕う弟は、兄の形見のハーモニカを海辺で吹く日々を送る。やがて波にさらわれたハーモニカの音が不思議にも海から聞こえるようになる中、弟は復員した元兵士と出会う。霊魂は生きているという言葉に励まされた弟は、兄の好んだ平和を願い心を通わせる。兄を想い続け、同じ曲を吹き継ぐことで自身の魂に兄の記憶を刻み、静かな安らぎを見出す少年の内面を描く。
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昔の人は、月日を流れる水にたとえましたが、まことに、ひとときもとどまることなく、いずくへか去ってしまうものです。そして、その間に人々は、喜んだり、悲しんだりするが、しんけんなのは、そのときだけであって、やがて、そのことも忘れてしまいます。
この話も、後になれば、迷信としか、考えられなくなるときがあるでしょう。
* * * * *
わたしの兄は、音楽が好きで、自分でもハーモニカを吹きました。海辺へいっては砂の上へ腰をおろして、緑色のあわ立ちかえる海原をながめながら、心ゆくまで鳴らしたものでした。無心で吹くこともあったし、また、はてしない遠くをあこがれたこともあったでしょう。それは、夕日が花のごとく、美しくもえるときばかりでありません。灰色の雲が、ものすごく低く飛び、あらしの叫ぶ日もありました。
「正ちゃん、この海の合奏は、ベートーベンのオーケストラに、まさるともおとらないよ。人間が、いくらまねようたって、自然の音楽には、かなわないからね。」と、兄は、いいました。
戦争が、だんだん大きくなって、ついに、兄のところへも召集令がきました。わたしは、その日を忘れることができません。いままで、たのしかった、家の中は、たちまち笑いが消えてしまって、兄は、自分の本箱や、机のひきだしを、片づけはじめました。
「いけば、いつ帰るかわからないから、ハーモニカを正ちゃんに、あずかってもらうかな。」
こうきくと、わたしは、兄の気持ちを考えて、しぜんと涙がわきました。
「にいさんが、帰るまで、なんでも、そのままにしておくよ。」
「いや、もっと戦争が、はげしくなれば、この家だって、どうなるかしれんものね。」
兄は、無事で帰れたなら、また勉強をはじめるつもりだったのでしょう。英語の辞書も、いっしょに渡しました。
しかし、兄は、それぎり帰ってきませんでした。兄の船は、南方へいったといううわさでしたが、出発後、なんのたよりもなかったのです。