春泥
本文約76,200字 ・ 読了時間 約153分
あらすじ(AIが作成しました)
向島の土手を歩く田代、小倉、三浦の三人は、かつてこの地で亡くなった知人や、折からの出来事をめぐり会話を交わす。彼らはその後も飲み屋や待合を巡り、仲間内の因縁や人間関係について語り合う。古くからの風景が変貌し、新しい東京の発展が見える中で、三人はさらに浅草へと向かう。
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向島
一
……渡しをあがったところで田代は二人づれの若い女に呼びとめられた。――小倉と三浦とはかまわずさきへ言問のほうへあるいた。
「何だ、あれ?」
すぐにあとから追ッついた田代に小倉はいった。
「あれは、君……」いいかけて田代は「慶ちゃん、君は知ってるだろう?」
それがくせの頤をなでながらあるいている三浦のほうへ眼を向けた。
「チビ三郎の内儀さんじゃァねえか。」
ずけりと膠もなく三浦はこたえた。
「チビ三郎?」
小倉はその、体に合せて小さな眼を眼鏡のかげにすくめるようにした。
「千代三郎さ、あの。」すぐに田代は引取って「成駒屋んとこの、それ……」
「あゝ、あの女形の。――寸のちょい短い……?」
「だからチビ三郎よ。」
ずけりとまた三浦はいった。
「どっちだ、しかし?」小倉はその汐先に乗らず「ハイカラのほうか、銀杏返しのほうか?」
「ハイカラのほうだ。」
「それなら大したこたァねえ。」
「ねえとも、あんな。」三浦は吐出すように「だのに、あの。――何だ、あのふやけたざまァ……」
「なぜ?」
「そうじゃァねえか、なぜって? ――多寡が役者のかゝァじゃァねえか。」
「多寡が何だって?」
「役者のよ。」
「と、われ/\は? ――そういうわれ/\は……?」
「だからよ、おなじ流れの身だからそういうんだ。――ことさら安くするんじゃァねえが、そうならそうのように、役者のかゝァならかゝァらしく、まるで知らねえ面じゃァねえんだ、おや今日は、とか、まァお揃いでどちらへ、とか、うそにもその位なことをいうのが至当じゃァねえか。――それを乙う片づけの、いゝ間のふりに、要ちゃんじゃァない、そこへ行くの……?」
「だって、それは……」
「それも堅気の上りとか何とかいうなら仕方がねえ、手めえだって芸妓をしているんじゃァねえか。――うそにも愛嬌稼業をしているんじゃァねえか。」
「…………」
田代は口をつぐんだ。
「どだい気に入らねえ。――あんまりものを知らなすぎる……」
三浦は一人でそう毒を……やがてそれが「三浦幸兵衛」と仲間うちにいわれる所以の……ながした。小倉は、どこを風がふくといったかたちに、冬がれや、冬枯の……しきりに一人、句をあんじながらあるいた。