半七捕物帳
本文約15,100字 ・ 読了時間 約31分
あらすじ(AIが作成しました)
文久元年の江戸で、女性が次々と何者かに喉笛を食い破られて殺される事件が発生する。町ではその犯人を恐ろしい鬼女の仕業と噂し、人々の間に不安が広がる。半七は子分の庄太から報告を受け、事件の背後にある糸口を追う。被害者の傷口や鶏が盗まれるという別の事件から、獣を使う特殊な手口を推察した彼は、調査の末に吉原の堤下に住む獣使いの女に行き着く。これは犬を使って殺人や盗みを繰り返した女の顛末を、老いた半七が回想して語る捕物録である。
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一
「いつかは弁天娘のお話をしましたから、きょうは鬼むすめのお話をしましょうか」と、半七老人は云った。
馬道の庄太という子分が神田三河町の半七の家へ駈け込んで来たのは、文久元年七月二十日の朝であった。
「お早うございます」
「やあ、お早う」と、裏庭の縁側で朝顔の鉢をながめていた半七は見かえった。「たいへん早いな、めずらしいぜ」
「なに、この頃はいつも早いのさ」
「そうでもあるめえ。朝顔の盛りは御存じねえ方だろう。だが、朝顔ももういけねえ、この通り蔓が伸びてしまった」
「そうですねえ」と、庄太は首をのばして覗いた。「時に親分。すこし耳を貸して貰いてえことがあるんですよ。わっしの近所にどうも変なことが流行り出してね」
「なにが流行る、麻疹じゃあるめえ」
「そんなことじゃあねえので……」と、庄太はまじめにささやいた。「実はわっしの隣りの家のお作という娘がゆうべ死んでね」
「どんな娘で、いくつになる」
「子供のような顔をしていたが、もう十九か二十歳でしょうよ。まあ、ちょいと渋皮の剥けたほうでね」
それが普通の死でないことは半七にもすぐに覚られた。かれはすぐに起ちあがって、茶の間へ庄太を連れ込んだ。
「そこで、その娘がどうした。殺されたか」
「殺されたには相違ねえんだが……。そいつが啖い殺されたんですよ」
「化け猫にか」と、半七は笑った。「いや、冗談じゃあねえ。ほんとうに啖い殺されたのか」
「ほんとうですよ。なにしろわっしの隣りですからね。こればかりは間違い無しです」
庄太の報告はこうであった。
今から半月ほどまえの宵に、馬道の鼻緒屋の娘で、ことし十六になるお捨というのが近所まで買物に出ると、白地の手拭をかぶって、白地の浴衣を着た若い女が、往来で彼女とすれ違いながら、もしもしと声をかけた。なに心なく振りかえると、その女はうす暗いなかで薄気味のわるい顔をしてにやにやと笑った。年のわかいお捨は俄かにおそろしくなって、返事もしないで一生懸命に逃げ出した。勿論それぎりの話で、その若い女はまさかに幽霊や化け物でもあるまい、おそらく気ちがいであろうという噂であった。