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TORENDIA

竜潭譚

本文約14,700字 ・ 読了時間 約30分

あらすじ(AIが作成しました)

躑躅が咲き誇る山路へ迷い込んだ少年は、毒虫を殺した後に道を見失い、山中の社に辿り着く。そこで出会った優美な女性に手厚く介抱される中で、少年は姉の面影を重ねて安心感を覚える。やがて激しい嵐に襲われ、少年が社で一夜を明かす間に、山中の谷は深淵へと変貌する。月日が流れ、成長した少年は、かつての不思議な体験の記憶を抱きながら、静まり返ったその淵を再び訪れ、美しくもどこか神秘的な気配に想いを馳せる。

泉鏡花

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躑躅か丘

日は午なり。あらら木のたらたら坂に樹の蔭もなし。寺の門、植木屋の庭、花屋の店など、坂下を挟みて町の入口にはあたれど、のぼるに従ひて、ただ畑ばかりとなれり。番小屋めきたるもの小だかき処に見ゆ。谷には菜の花残りたり。路の右左、躑躅の花の紅なるが、見渡す方、見返る方、いまを盛なりき。ありくにつれて汗少しいでぬ。

空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面を吹けり。

一人にては行くことなかれと、優しき姉上のいひたりしを、肯かで、しのびて来つ。おもしろきながめかな。山の上の方より一束の薪をかつぎたる漢おり来れり。眉太く、眼の細きが、向ざまに顱巻したる、額のあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかへり、

「危ないぞ危ないぞ。」

といひずてに眦に皺を寄せてさつさつと行過ぎぬ。

見返ればハヤたらたらさがりに、その肩躑躅の花にかくれて、髪結ひたる天窓のみ、やがて山蔭に見えずなりぬ。草がくれの径遠く、小川流るる谷間の畦道を、菅笠冠りたる婦人の、跣足にて鋤をば肩にし、小さき女の児の手をひきて彼方にゆく背姿ありしが、それも杉の樹立に入りたり。

行く方も躑躅なり。来し方も躑躅なり。山土のいろもあかく見えたる。あまりうつくしさに恐しくなりて、家路に帰らむと思ふ時、わがゐたる一株の躑躅のなかより、羽音たかく、虫のつと立ちて頬を掠めしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺隔てたる処に礫のありたるそのわきにとどまりぬ。羽をふるふさまも見えたり。手をあげて走りかかれば、ぱつとまた立ちあがりて、おなじ距離五、六尺ばかりのところにとまりたり。そのまま小石を拾ひあげて狙ひうちし、石はそれぬ。虫はくるりと一ツまはりて、また旧のやうにぞをる。追ひかくれば迅くもまた遁げぬ。遁ぐるが遠くには去らず、いつもおなじほどのあはひを置きてはキラキラとささやかなる羽ばたきして、鷹揚にその二すぢの細き髯を上下にわづくりておし動かすぞいと憎さげなりける。

われは足踏して心いらてり。そのゐたるあとを踏みにじりて、

「畜生、畜生。」

と呟きざま、躍りかかりてハタと打ちし、拳はいたづらに土によごれぬ。

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