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TORENDIA

幼年時代

本文約36,900字 ・ 読了時間 約74分

あらすじ(AIが作成しました)

幼年時代を振り返る語り手は、断片的な記憶を辿りながら自身の人生の本質を探求する。四、五歳頃の火事の恐怖や、若い母の肖像写真、慈しんでくれた祖母との思い出、そして遊び仲間のたかちゃんと共に場末の野原へ足を延ばした経験などが、鮮明な情景として描き出される。成長した語り手がかつて住んでいた家を再訪する場面などを通じ、曖昧模糊とした過去の背景から個々の印象が浮き上がり、静かな哀切と共に自己形成の過程が綴られる。

堀辰雄

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無花果のある家

私は自分の幼年時代の思い出の中から、これまで何度も何度もそれを思い出したおかげで、いつか自分の現在の気もちと綯い交ぜになってしまっているようなものばかりを主として、書いてゆくつもりだ。そして私はそれらの幼年時代のすべてを、単なるなつかしい思い出としては取り扱うまい。まあ言ってみれば、私はそこに自分の人生の本質のようなものを見出したい。

私は四つか五つの時分まで、父というものを知らずに、或る土手下の小さな家で、母とおばあさんの手だけで育てられた。しかし、その土手下の小さな家については、私は殆ど何んの記憶ももっていない。

唯一つ、こういう記憶だけが私には妙にはっきりと残っている。――或る晩、母が私を背中におぶって、土手の上に出た。そこには人々が集って、空を眺めていた。母が言った。

「ほら、花火だよ、綺麗だねえ……」みんなの眺めている空の一角に、ときどき目のさめるような美しい光が蜘蛛手にぱあっと弾けては、又ぱあっと消えてゆくのを見ながら、私はわけも分からずに母の腕のなかで小躍りしていた。……

それと同じ時だったのか、それとも又、別の時だったのか、どうしても私には分からない。が、それと同じような人込みの中で、私は同じように母の背中におぶさっていた。私はしかしこんどは何かに脅かされてでもいるように泣きじゃくっていた。私達だけが、向うから流れてくる人波に抗らって、反対の方へ行こうとしていた。ときどき私達を脅かしているものの方へ押し戻されそうになりながら。そしてその夢の中のようなもどかしさが私を一層泣きじゃくらせているように見えた。――それは自家が火事になって、母が私を背負って、着のみ着のままで逃げてゆく途中であったのだ。……

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