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TORENDIA

新劇界の昨今

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

震災後の華やかさを終えた日本の新劇界は、今や西洋の模倣から脱し、演劇の本質研究という新たな局面を迎えている。西洋の演劇と日本伝統の相克を認識し、戯曲と演技の両面から新しい演劇の在り方を模索する過程を綴る。新劇を芸術として再興させるためには、俳優の育成と新しい創作戯曲の開拓が不可欠であると説き、劇作家や評論家ら次世代の担い手に、真の演劇指導精神の確立と飛躍への期待を寄せる論考である。

岸田國士

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一

十年前(つまり震災直後)の新劇界は、戯曲の方面から見ても舞台の実際運動の方面から見ても、確かに華やかな時代であつたといへるが、その時代は新劇といふものは、まだ西洋劇あつての新劇であつた。西洋の新しい演劇的な傾向がつぎつぎに紹介されて、その目新らしさで新劇界一般がともかく生命を繋いでゐたといふ状態であつた。

作家の側でもさういふ風に、外国から入つて来るいろんな目新しい作品に直接間接影響され刺激されて、それが創作欲の土台になつてゐたことはあらそへない。殊に舞台の方では西洋の近代劇運動につづいて起つたさまざまな演出上の新機軸が、日本の若い演出家の間に試みられ、所謂「演出家万能時代」といふものを作つた。

さういふ状勢だから、当時の新劇は、つぎつぎに世間の注意を惹くやうなプランが控へてゐて、それを実行しさへすれば一通り観客を満足させ、当事者の方でも鼻を高くしてゐられた。一口でいふと当時の築地小劇場が代表してゐたやうな一部の演劇運動は、今日からみると、今いつたやうな状勢から起つて来たものであつた。

ところが、西洋でも大戦後しばらくの間は、演劇の方面でもいろんな活気のある運動が起つたり、それにつれて野心のある新作家が続出するやうな有様であつたが、段々落ちつく所へ落ちついて、いはゆる静かな状態にかへつた。これは一面劇壇の沈滞ともいへるのである。

さういふ状態になつて来ると、日本では、もう新しい種を仕入れる方法もなくなり新手で人の目を惹くといふやうな新劇の行き方がゆるされなくなつた。一時プロレタリヤ演劇といふやうな特殊な演劇が栄えた時代もあつたが、これも亦内部的にも外部的にも行詰つた。さういふ今日、新劇不振の声が処々に起つて、その勢ひを盛返さうとする努力がボツボツ頭を擡げて来たが、さてそれならば、どういふ様にすれば今日の新劇が再び盛んになるかといふ実際問題にぶつかると、一般にまたその認識もあやふやであるし、しつかりした目標を据ゑて仕事にとりかからうとするものがないやうである。

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