夏
本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
避暑地としての価値を増す山村をK君が訪ね、かつてその地で過ごした夏の日々を回想する。桔梗が咲く野山、池の畔の小さな茶屋、山荘の周囲を彩る卯の花、仲間と作った小さな畠など、鮮やかな情景が蘇る。さらに、かつての仲間たちの現在や移り変わる土地の面影、親王ゆかりの地を巡る記憶に触れ、時の流れを瞑想する。書斎で過ごす現在、庭の木々の刈り込みや朝雨に触れ、自然と芸術に対する繊細な思索を綴る。
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K君
富士見からK君がやつて来て、いろいろな話をした。近年になつて、山にやつて来るものが非常に多くなつたといふこと、何でも百人位は今でもゐるといふこと、さういふ人達はあの停車場前の旅舎や、たのんで置いて貰つたしろうと屋や、その他農家の一間にまで入り込んで行つてゐるといふこと、設備がないから軽井沢のやうには急には行くまいけれど次第に、避暑地としての価値が認められて来ることを尽きずに話した。私の行つた時のことなどが、一つ一つ思ひ出されて来た。
山の桔梗
山の見事な草花が一番先きに私の頭に上つて来た松虫草、女郎花、われもかう、刈萱、ことに桔梗の濃い紫は何とも言はれなかつた。私はよくそれを取つて来て、正宗の空罎の中にさして、机の上に置いた。『きちかうの花のゆかりの色に出て、妹をぞ思ふ山にしをれば』かうした歌を絵葉書に書いた時のことなども思ひ出されて来た。
池の畔
私のゐた別荘の下に、小さな池があつた。それは大したものではなかつたけれども、水草だの、芦だの、藺だのがしげつてゐて、この山の中に、ちよつと水郷を思はせるやうな趣を示してゐた。時には森や丘の姿が静かに黒くその水の面に落ちてゐるのを見たことなどもあつた。今はそこに、此方の岸に瀟洒な二階屋が一軒出来て、そこから三味線の音がきこえて来るといふことであつた。
K君は言つた。
『その料理屋はKさんの弟がやつてゐるんです。そら、上諏訪の芸者を細君にした、先生はあの人々に逢つたことはありませんかね』
さう言へば、私もそのKさんの弟のロマンチツクな閲歴をかなり詳しく聞いて知つてゐた。それはアメリカからブラジル、それから大陸にわたつて、イギリス、フランスと浮浪して歩いたやうな人であつた。かれは巴里から帰国の旅費を故郷に電報で言つて来たりした。そのかれが、さうして細君と共に、その池の畔に小さな茶屋を開いてゐる形は面白いと私は思つた。
卯の花
私のゐた山荘の周囲が卯の花で白く囲まれてあつた。それをいつも思ひ出さずにはゐられなかつた。
山村