本文へ移動
TORENDIA

ともしい日の記念

本文約2,500字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

終戦直後の食糧難という極限の状況下で、身近な食材を工夫して空腹をしのいだ日々の記憶を綴る随筆。アメリカ人一家が食べていたキャベツ粥や、当時の限られた素材で作った副食、代用食の数々を回想する。著者は、自らの最も苦しかった時代の献立をあえて再現し、愉しく食べることで、当時の不自由さを記念し、今を感謝し、将来へ祈りを捧げる日を設けることを提案する。お金を使わずとも健全に生きる工夫と知恵が詰まった一編である。

片山廣子

速度
🎧 ともしい日の記念 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

終戦直後わが国にゐた外人たちの中で、兵隊さんたちはみんな一食づつきまつた配給であつたから、その人たちはそれでもよかつたが、家族づれの一家で軽井沢に暮してゐる人たちなぞ私たち以上にともしかつた。彼らは私たちのやうに蓮根や牛蒡は食べられず、たべ馴れた野菜の馬鈴薯とかきやべつ玉葱と、それにきまつた配給のパンを食べ一度一度に缶づめの肉をたべてゐた。私と同じ宿屋の二階に二人の子供があるアメリカ人一家がゐたが、この人たちは運よく総司令部に勤めるやうになつて段々らくになつて来た。それでもパンや肉を余計に食べることは出来ないから、夕飯の時はきまつた量のパンと一品の肉料理、野菜と、そのあとでお粥をたべた。米一合に小さいきやべつならば一つ、大きいのならば半分ぐらゐ、こまかくきざんで米と一しよにぐたぐた煮ると、米ときやべつがすつかり一つにとけ合つてしまふ。うすい塩味にして、それに日本葱を細かく切つて醤油だけで煮つけて福神漬ぐらゐの色あひのもの、まづ葱の佃煮である、これをスープ皿に盛つたお粥の上にのせて食べる。宿屋のお勝手で教へられたとほり作つてみると、温かくて甘くすべこく誠によい舌ざはりであつた。ある時日本葱がなかつたので玉葱でやつてみると、日本葱より水つぽく、甘たるくてこのお粥には全然調和しなかつた。

このごろ食べるものはそれ程くるしくないのできやべつのお粥なぞ久しく忘れてゐたが、これは今食べても中々おいしい。昔イスラエル国では正月の十四日から七日のあひだ酵いれぬパンの節といふのを守つて、神とモーセに依つてエジプトから救ひ出された時の記念にしたといふことであるが、私たちの最も苦しかつた時の記念にこんなきやべつのお粥とか砂糖なしの塩あんしることか、肉なしコロツケとかいふやうな献立を考へて、それもそれなりに愉しくおいしく食べてみたらどうかと考へる。お金を使へばきりがない。まるでお金を使はなければ生きてゆけない世の中である。何とかして健全に愉快に生きつづける工夫をしてみよう。

片山廣子の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本