本文へ移動
TORENDIA

ある夫婦の歴史

本文約34,400字 ・ 読了時間 約69分

あらすじ(AIが作成しました)

戦後、かつてパリで知り合ったフランス人ロベエル・コンシャアルの突然の来訪により、内海達郎の平穏な家庭に動揺が走る。達郎はパリ留学時代の秘め事を抱え、妻の真帆子もまた過去の手紙の存在を夫に突きつけられる。二人は互いの秘密や苦しみを抱えながら、夫婦としての在り方に向き合っていく。過去の記憶と現在の生活が交錯する中で、夫婦が互いの信頼と苦悩の狭間で葛藤する姿を描く。

岸田國士

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 42

[#ページの左右中央]

愛するものよ、おんみもしわれを裏切りてわれこれをゆるさんとおもへど、その力なきとき、おんみその力をわれに与へうるや

――ある時代の悲喜劇から

[#改ページ]

一

内海達郎は、近頃あまり経験したことのない胸騒ぎを感じた。それは、十数年前にパリで知合つて、わりにちかしく交際をした一人のフランス人、ロベエル・コンシャアルから、思ひがけない手紙を受けとつたことからである。

手紙の文句はあらまし――戦争はすんだが、君の消息をまづ知りたい。無事であつてくれることを心から祈る。おそらく、君からの直接の返事が貰へるとしても、それを待つてゐる暇は自分にはないと思ふ。一ヶ月後には東京に向つて出発する。ある貿易商の秘書兼通訳の資格でといへば、君は、自分の日本語研究が今やつと役に立つたのだといふことを察しるだらう。船は君も承知のアンドレ・ルボン、ヨコハマ着は七月の末、そちらも雨季が明けた頃だと思ふ。家内や子供としばらく別れるのはつらいが、君のあの頃のことを思ひ出してみて、同じ運命が自分を訪れた皮肉におどろいてゐる。写真でしか知らぬマダム・ウツミに僕の敬意を伝へてくれたまへ。親愛なる友よ、再び君の手を固く握り得るチヤンスが近いことを確信する、といふ意味のものであつた。

岸田國士の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本