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TORENDIA

妻の日記

本文約12,800字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

妻を亡くした著者が、偶然手にした亡妻の日記を読み解きながら、一人の女性の生涯と夫婦のあり方を回想する随筆である。十五年の結婚生活を振り返り、家という場所で妻が背負った重荷や苦悩、そして自尊心を省みる。当時の社会状況や日本の伝統的な女性のたしなみ、夫唱婦随の精神について独自の考察を綴り、亡き妻への追悼と、現代を生きる日本の女性に向けたメッセージを込めた一文となっている。

岸田國士

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かういふ場所で私事を語ることは、由来、私の最も好まぬところである。如何なる理由があらうとも、誰がどう勧めようとも、私は今日までその気持を押し通して来た。従つて、小説の形ですらも、「私」の身辺を題材とすることは、それがたとへ現代文学の主潮であらうとなからうと、私は頑として享け容れなかつたのである。

ところが、去年は母の死に遭ひ、今年はまた妻を喪つて、私の生活は激しく揺り動かされ、「家」といふものの存在がはつきり私の全体につながつてゐる事を痛感させられた。それはやがて、私のこれからの仕事にも影響し、また、世の中を観る眼をもかへさせるだらうと思ふほどである。私がこれから、いくぶんの勇気をもつて語らねばならぬ「私事」は、いはゆる私一個に関することではなくて、おそらく万人に共通の問題であり、殊に、この時代に日本に生れ育つたものの、ひとしく身をもつて経験し、または、するであらういろいろな事実を含んでゐる筈である。

さて、私の母は、七十七歳の長寿を全うして世を去つたのであるから、云はゞこれは自然の順序であり、特に異常な衝撃を受けるといふやうなこともなかつたけれども、妻は、結婚後十五年、病床にあること半歳、私が医師から危険の宣告をうけて僅か三日後に、四十年の短い生涯を終つたのである。

「死」といふ運命についてだけ考へると、その死にかたによつて著しく意味は違ふにせよ、今や、何人もわが身に近い一人の死をいたづらに嘆き悲しむ時ではない。それゆゑ、私は決して、妻の死を悲しむ、その悲しみを人に訴へようなどとは毛頭考へてゐない。

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