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TORENDIA

故郷〔扉の言葉〕

本文約630字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

家郷への愛憎や拒絶という人間心理を軸に、近代人が抱える故郷喪失の危うさを指摘する。禅の思想である帰家穏座を引用しながら、自分自身に立ち返り、自性を徹見することの重要性を説く。著者は現在の庵居生活の中で、自然や人事を見つめ続け、ほんとうの故郷を求めて歩み続ける心境を綴る。人間にとっての根源的な拠り所とは何かを問いかけ、新しい第一歩を踏み出す姿勢を示した随筆である。

種田山頭火

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🎧 故郷〔扉の言葉〕 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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家郷忘じ難しという。まことにそのとおりである。故郷はとうてい捨てきれないものである。それを愛する人は愛する意味に於て、それを憎む人は憎む意味に於て。

さらにまた、予言者は故郷に容れられずという諺もある。えらい人はえらいが故に理解されない、変った者は変っているために爪弾きされる。しかし、拒まれても嘲られても、それを捨て得ないところに、人間性のいたましい発露がある。錦衣還郷が人情ならば、襤褸をさげて故園の山河をさまようのもまた人情である。

近代人は故郷を失いつつある。故郷を持たない人間がふえてゆく。彼等の故郷は機械の間かも知れない。或はテーブルの上かも知れない。或はまた、闘争そのもの、享楽そのものかも知れない。しかしながら、身の故郷はいかにともあれ、私たちは心の故郷を離れてはならないと思う。

自性を徹見して本地の風光に帰入する、この境地を禅門では『帰家穏座』と形容する。ここまで到達しなければ、ほんとうの故郷、ほんとうの人間、ほんとうの自分は見出せない。

自分自身にたちかえる、ここから新らしい第一歩を踏み出さなければならない。そして歩み続けなければならない。

私は今、ふるさとのほとりに庵居している。とうとうかえってきましたね――と慰められたり憐まれたりしながら、ひとりしずかに自然を観じ人事を観じている。余生いつまで保つかは解らないけれど、枯木死灰と化さないかぎり、ほんとうの故郷を欣求することは忘れていない。

(「三八九」復活第四集 昭和七年十二月十五日発行)

完

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