玉野川の渓谷
本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
瀬戸在住の青年が、K先生の紀行文『日本一周』に感銘を受け、土岐川のなかでも特に美しい玉野川の渓谷の魅力を手紙で綴る。青年は実際に多治見から玉野川沿いを歩き、鉄道開通によって変化した地域の歴史や、四季折々に美しい渓谷の険しい道のり、そして定光寺周辺の優れた景観を具体的に報告する。青年は自身の拙い筆致を認めつつも、その風光明媚な景色を先生に直接見てほしいと、案内を申し出る。
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一
K先生。
私は昔から陶器できこえた尾張の瀬戸に住んでゐるもので御座います。甚だ失礼で御座いますけれども、先生の『日本一周』を読んで、いろ/\感じたことが御座いますので、それで突然こんな手紙をさし上げることになりました。
私は二十歳の一青年です。
『日本一周』には、前編にも後編にも土岐川のことが書いて御座います。そして先生は之れを激賞されて居られます。是非一度は汽車でなしに川に沿つて歩きたいとまで仰しやつてゐらつしやいます。私はその土岐川について申上げたいと思ふので御座います。
K先生。
先生は土岐川と仰しやつた。しかし、私の申上げるのは、美濃に属した土岐川の方よりは玉野川の方が十中八九を占めてゐるので御座います。私は多治見以東については多く知るところが御座いません。そこにも好いところが沢山あるさうですが、それは知りません。一体、この土岐川といふのは、東美濃の土岐郡を流れる中だけの名で、尾張に入つては、玉野川と呼ばれ、更に名古屋平野に落ちて行つては、庄内川と呼ばれて居ります。下流はかなりに大きな川です。
先生が『日本一周』の中に、丁度四条派の絵巻を見るやうだ。日本にもめづらしい美しい川だと仰つたのは、主として玉野川と称する部分をお指しになつたことは、前後の文章の具合で、それもよくお察し申上げることが出来ます。実際、土岐津多治見間は、矢張同じやうに汽車が渓流に添つてゐたにしても、距離も短かく、眺望も狭く、とても玉野川と呼ばれる部分に匹敵しようとは思はれませんから……。
二
K先生。