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TORENDIA

脱却の工夫

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

著者自身の経験を背景に、文学者たちの批評や社会のあり方、人間が抱える孤独について綴る随筆である。社会という形式の制約や、幼い子供をだしにした慈善行為への憤りを記し、人間にとっての根本的な価値を論じる。また、自身の感受性に影響を与えた生い立ちや艱難といった境遇を振り返り、そこから自己を解き放つための「脱却」という不断の工夫の重要性を説く。

田山録弥

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🎧 脱却の工夫 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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O事件に対するB同人の批評は多くは普通道徳を照尺にしたやうなものであつたが、中でK・Y女史の談話は、自己の実際を背景にしたものだけに一番面白いと思つた。この中には、男女問題の空気がかなりに細かく理解されてあつた。単に第三者の想像以上にある確実なものをつかんでゐる。そこが面白いと私は思つた、それから、その帰着点を子供と母親といふ点に持つて行つたところも女らしくて、いかにも本当であるといふことを点頭かせる。しかしN氏の子供に対する態度の批判にはもつと先がありやしないかと私は思ふ。そこにN氏の性質があり境遇があり、またそれから生まれて来た運命があるのではないか。又、そこに深い、今回の事件を惹き起すやうな悲劇が横つてゐるのではないか。

私の考では、事件後のO氏とN氏との心理状態を注意して見たいと思ふ。そしてそれに由つて始めてO氏とN氏との人間としての本当の価値が批判さるべきであらうと思ふ。

しかしこの事件に、自暴自棄といふことがその背景を成してゐたといふことを私達は考へて見なければならない。又、さういふ空気から醸されて来たといふことを遺憾としなければならない。人間が自暴自棄になつた形ほど悲しむべきことはないと私は思ふ。

『日本主義』に出てゐる岩野君の国家と個人との議論は、流石に学者達の単なる研究と排列とは違つて、深いところに達してゐるのを私は見た。イギリスの妥協主義なんかを、本当の個人主義と同じやうに見たり言つたりするやうでは、個人即国家、国家即個人と言ふやうな深いところが理解され得べき筈がない。

岩野君は流石に深く物を見てゐる。優強者といふものゝ見方も同意だ。しかしマツクス[#「マツクス」は底本では「マックス」]、スチルネルの言つたやうな吸収主義に就いては――強者ばかりの人生といふやうな哲学に就いては、私はまだ多少の疑ひを持つてゐる。

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