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TORENDIA

「燈火節」あとがき

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和初期に生活への疲れから筆を断った著者が、戦後に再び書くことを始めるまでの経緯を綴る。庭の草取りや映画鑑賞で過ごした時期を経て、空襲を免れた蔵書を整理する中で文学への情熱を再確認する。息子からの勧めで日記のように随筆を書き始め、アイルランド文学の紹介や知人との思い出、詩劇の翻訳など、執筆の過程で得た喜びを語る。本書はそうして生まれた文集の出版に至るまでの心の軌跡を収めたものである。

片山廣子

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🎧 「燈火節」あとがき / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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もう二十何年か前、昭和の初めごろ、私は急に自分の生活に疲れを感じて何もかもいやになつてしまつた。それまで少しは本も読み、文学夫人といふやうな奇妙なよび名もつけられてゐたけれど、そんな事ともすつかり縁をきつて、ぼんやりと庭の草取りなぞして日を暮すやうになつた。文筆の仕事ばかりでなく、外に出ることも面倒になり、やむを得ぬ義理で人を訪ねる時には、それまでのやうに銀座まで行つて長門や菊のやでおみやげを買ふやうなこともなくなつて、大森駅の前にあつたフランス屋といふ洋菓子屋の菓子折を持つて出かけた。何年かのさういふ生活は精神的な脳溢血の病人みたいな容体であつたかと思はれる。

親にしんせつな私のせがれは、草とりは草取り婆さんを頼みなさい。そして毎日少しづつ読書することですね。それから一週間に一度ぐらゐ映画を見たらどうです? と言つてくれた。私はすぐ草取り婆さんを頼むことにして、本は読まず、映画だけ見て歩いた。一人で見るのだからまことにかんたんで、帰りにはコーヒイを飲んだりして帰つて来た。さて又せがれが言つた。だんだん年寄になると映画をみるのもめんどうになるでせう? 時々随筆を書いてみたらどうです? 日記のやうに毎日何かしら書くことはあります、愉しいことでせうと言つた。

随筆なんて、常識のある人か学問のある人が書くのでせう? 私は常識が足りない人間で、まるきり学はなし、日記はきらいだし、ダメですねと断つた。それでは当分、映画専門ですか? とせがれはしぶい顔をしたがしかし、本は時々買つて来てくれた。

軽井沢で私は終戦を迎へた。なじみ深い宿屋の生活であつたから、少しも苦しい思ひはしないで東京に帰つて来ることが出来た。そのとき東京は野つぱらにぽつぽつ小屋が立つてゐて、洗濯ものが白く日光に乾され、かなしい古都のけしきであつた。

もう一度東京生活をするやうになつて、空襲よけにせがれの家の庭に埋めて置いた本なぞがそろそろ届けられて来た。しめつてかびた本もあつたけれど、それを乾したり風をとほしたりしてゐるうち、私はたえて久しい心のふるさとのにほひを嗅ぐやうな感じを持つた。

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